続き
◆
誰かに呼ばれている気がして、レイは目をさました。
「ん・・・零さん?」
まだ室内は闇といっていいほどに暗い。
おかしいな、と思う寝ぼけた視界に、さらにおかしなモノがうつる。
ひゅあっ。
自分のノドが息を飲む音がした。
女の幽霊がいた。
それが外国人だとかろうじてわかったのと同時に、レイは気を失った。
次に目を開けたときも、部屋は暗かった。
浮かび上がる白い女の顔。
まだいる。
もう一度 気絶してしまいたい。
レイの願いは叶わず、幽霊はこちらの顔をじっと見ている。
にっ、と笑う。
幽霊なのに、陽気な笑顔だった。
怯えていたハズが、拍子抜けする。
「£∞∴§☆◎¢∋◇♪」
幽霊が話しかけてくるが、どうやら外国語でレイには理解できない。
「え?え?」
首をかしげていると、
「¶♯∠∃∀Å∽∬△▽##*??」
さらに何か言ってくる。
「わ、かんないよー・・・ノーイングリッシュ、オケー?」
英語かどうかもわからないが、とりあえず話せないことを伝えてみる。
幽霊は少し困った顔をした後、固く目を閉じた。
集中しているように見える。
突然、レイのアタマの中に大きな声が響いた。
“きこえるー?!”
「きゃっ」
レイは思わず短い悲鳴をもらした。
隣で寝ている零は、幸い起きなかった。
彼らしくもないが、かなり熟睡しているのか。
また、声がする。
“あ、ご、ごめんね?集中しすぎたみたい。”
幽霊は言葉が通じないとわかり、テレパシーを使うことにしたらしい。
できることはできるが、慣れていないのだろう。
「だ、ダイジョブだいじょぶ。」
レイが笑って見せると、こちらの言いたいことはわかるのか、幽霊も へろり と人の良さそうな顔で笑った。
怖い幽霊ではなさそうだ、と思うとレイは少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
幽霊が、おもむろに寝ている零へ視線を落とす。
“ねぇあんた、これと付き合ってるんだよね?”
レイは大人で、隣に眠る零は子供だ。
しかし、子供なのは外見だけ。
幽霊はそれを知っているのだろうか。
「え?いや?えっと、どうなんだろ。」
それにしても、関係を問われるとそこはどう表現していいか迷う。
付き合っている彼女、だとするならもっと大事にされるはずだろう。
その答えをどうとったのか、幽霊は話し続ける。
“これが、何なのか・・・知ってるよね?”
「人間じゃない、ってこと?」
さっきから零をさして幽霊が、“彼”や“この人”でなく“これ”と表現しているのは、そのせいに違いなかった。
“そうだよ。こいつは悪魔なんだ。そしてあたしはその犠牲者。”
「犠牲・・・?零さん、の?」
“零、か。あたしにとっちゃ、ただの・・・悪魔。”
幽霊はもう一度、ゆっくりと彼の名を呼んで透き通った手をその頬に重ねた。
言い分は恨み言そのものなのに、悲しげな瞳にはいとおしさが見えた気がした。
その瞳が、レイの瞳をのぞきこむ。
“教えてあげる、こいつのしたこと。隠してる全部。”
レイの頭の中を、幽霊の記憶がイメージとなって駆け抜ける。
自分の記憶ででもあるかのように、胸いっぱいに感情があふれはじけ流れた。
深く暗い森、幼い自分、大きな悪魔の大きな手。
悪魔は自分を助けてくれた。
恐れるべき存在ではない。
木漏れ日の下で見る悪魔の瞳、そこに受け入れられたような感覚。
お互いの気持ちが重なった瞬間、会うことを禁じられた。
心は渇き、枯れゆく。
枯れて、完全に朽ちてしまう前に、駆け出す。
束の間、夜の闇に愛しい影を見る。
幻と思える一瞬だけで、気づけばまた渇きのただ中に戻されている。
何度会いに行っても。
苦しい・・・狂おしい。
会いに行くだけではだめなら、一緒にいられないのなら一つになればいい。
魂を捧げよう、悪魔に。
願いは、一つになること。
離れなくてすむのなら、他にはなにも。
胸に突き立てたのは、自由の鍵だ。
痛くなんかないはず、一つになるだけ。
倒れこめば鍵は深く突き刺さり、大きな手が伸びてくる。
迎えに。
“あたしは、そうして死んだ。
あいつは、あたしの魂を食った。
もしかしたら最初からそのつもりで、少しだけ優しくしたのかもしれない。
自分から魂を捧げるようにするためにね。
これでも、あいつが好き?そばにいたい?”
真顔で恨めしげな言葉を吐き捨てる幽霊は、少し恐ろしい感じがした。
(続)