17 終
頬には土のざらざらした感触があった。
手に触れているのは、たぶん草だ。
地面に倒れていることに気付き、俺はゆっくりと身体を起した。
木漏れ日のさす森にいた。
遠くで鳥が鳴く。
他の音はほとんどない、静かな森。
そうだ・・・俺は血だまりの中で目をさまして、・・・逃げなければ。
この血が何だったか思い出せば、逃げなければ俺は死ぬ。
なぜかはわからないのに、それが事実だということだけはわかっていた。
いいや、“今”はわかる。
なぜか。
あれは全て、彼女のものだからだ。
身体は、ラファエルが連れ帰ってくれたのだろう。
だから、ここにはない。
あったはずのそれを思い出す前に、記憶が混乱しているうちに逃げなければ。
違う、・・・違う違う違う。おかしい。
混乱などしていないじゃないか。
そうだ、俺は全てちゃんと覚えている。
もう思い出してしまったんだ。
あれは過去だと、“今”の俺は思い出して、知っている。
その証拠に、ここに血だまりはない。
あの時の血だまり、あれは俺が殺したレイアのものだ。
そこから逃げてまで、俺は自分を守った。
自分なんかを。
本当は俺が代わりに死ぬべきだったのに。
俺が全てを捧げ彼女に代わり、それで彼女がよみがえればどんなによかったか。
忌まわしい・・・俺の記憶を全て失って、何も知らない彼女が目を覚ます。
そうなれば、そうすれば誰も苦しまなかった。
彼女のそばにはラファエルがいた。
きっと俺よりもずっとよく彼女を守り、誰より幸せにしたはずだ。
なのに、俺が生きていて、彼女がいない。
あれから何百年が経ったのか。
俺はレイと出会い、愛され、自分も彼女を愛そうとしている。
しょうこりも無く。
不幸にするかも知れないのに。
いいや、そうなるにきまっている。
俺は、悪魔なんだ。
レイアを殺して、レイも不幸にするとわかっていながら自分のものにしようとしているんだ。
「そうなの?」
不意に隣から声が聞こえた。
その顔を見たとき、俺は自分の胸のなかに何かがあふれるのを感じた。
あたたかい、なのに痛い、優しい、甘い、苦い・・・。
「レイア。」
手を伸ばすと、かわされた。
許していないのか。
あたりまえだ。
わかっていても辛い。
そのまま硬直した俺に、レイアは微笑んだ。
「ねぇ悪魔、あたしが確かめてきてあげるよ。」
(続)