続き
「なぁレイ」
何気ないそぶりで
「ん?」
耳に心地よい響きは、あと半歩踏み出すだけで抱きしめられそうな距離感。
俺は、踏み出そうとする。
「最後まで付き合ったゴホウビに、キスしてやろうか?」
「え?」
半分笑いかけたフクザツな表情で、レイが固まる。
こういう からかい方をすると、本当に怒らせてしまう事がある。
それは今までの経験からわかっている。
だが俺は今 彼女をからかってはいない。
その気持ちは、伝わっていない。
それも、今までの事を思えば当然だ。
胸の内すべてを吐き出してしまえば、俺の望みは叶う。
迷いながら、彼女の頬にキスをする。
踏み出しきれずに。
レイはそれに驚いて小さく声をあげた。
「ひゃ」
「オツカレさん。また つきあえよ。」
他意はない、と軽く笑って見せる。
安心した笑みがレイの顔に広がる。
「えぇっ?やだもー、えへへ、えへぇ・・・」
それが仮面とも知らずに。
嘘だよ、これも嘘。
俺は結局悪魔で、彼女の笑顔を引き出すには嘘をつくしかない。
その目の前で、いくつか悪魔らしい行動を見せたことはある。
それでも、俺が人を殺すところも、ふだんの契約のありかたも、契約した人間が俺をなじる場面も、レイは本当の俺らしい俺を何一つ知らない。
愛想の悪い同居人ぐらいにしか思っていない。
「じゃ、そろそろ寝るか。」
“仮面”がしゃべる。
「うん・・・ふぁ、ふう。」
レイが眠そうにあくびをする。
“仮面”を“子供”から“彼氏”に変えて、レイを抱き上げてベッドに寝かせてみる。
「ふぁっ?」
レイの驚く声。
フトンをかけてやろうとすると、こちらを見つめている。
「何だ?」
「ううん、・・・じゃ、なくて、あのね?」
俺はその先を黙って待つ。
何か気付かれたのだろうか。
「零さんって、悪魔なんだよね?」
「あぁ。」
レイの表情が少し困ったように変わる。
「・・・イケニエ、やっぱ食べたりしたことある?」
俺は、あきれた。
「だったら出会った時点でお前は喰われてる。」
「あ。そか、そーだよね?あは、あはは。零さんがそんなことするわけないよね。」
別にイケニエとしてではなく、なら人を殺すし、喰うがな。
俺は子供の姿に戻らないまま、TVを消しながらレイの隣にもぐりこんだ。
「そうだったとして」
「そうだったとして?」
疑問形で俺の言ったことをくりかえしたレイの肩をかるく抱く。
「え?え?」
戸惑うレイに、俺は意地悪く笑った。
「お前を最初の犠牲者にすることもできる。」
鼻先で柔らかく甘い香りのする髪をかき分けて、耳に噛み付く。
甘噛みに、笑いの混じった悲鳴が上がる。
「きゃぁっは、あはは!くすぐった、いたっきゃっ、きゃははは!」
ふざけているフリで、抱きしめる。
「逃・げ・る・な。本気だったらどうする?」
喰われて、くれるか?
「えー、だからぁ、そんなこと思ってないクセにぃ、あはは!信じてるもん、零さんのこと!」
抱きしめていたい衝動と、苛立ち。
俺のことなど、ろくに知りもしないで。
全てを知られたとき、レイは自分から離れて行ってしまうかもしれない。
誰だって、死にたくはない。
駆け抜けて行く動揺を、一瞬目を閉じてやりすごす。
彼女を放してやり、あえて笑う。
皮肉たっぷりに聞こえるよう、俺は言った。
「だと、いいな?」
そうだとしたら、どんなにいいか。
イケニエでなくとも、自分か奪った命は数知れないという事実。
目の前の笑顔は、それを知らない。