16 最
「零さんオネガイ。チャンネルかえて。」
ベッドの上から、フトンでできた芋虫が俺に指図した。
時刻は夜11時半を少しすぎたところ。
すでに部屋は暗く、TVを見ている俺を放置しレイは明日の仕事にそなえて寝る所だ。
ボリュームは抑えてあるが、やはり悲鳴と不安をあおるBGMが気になるのだろう。
「お前も一緒に見ればいいじゃないか“いけにえの味”」
少し古いホラー映画だ。
チープな作りだが、その分ダイナミックすぎる効果が俺的にはストレートに笑える。
レイが無視して寝れるならそれでもよかった。
気になるというのなら隣で一緒に見させるつもりで、あえてイヤホンをつけたり録画に回したりはしなかった。
少々遅くはなるだろうが、別に朝まで寝かせないというつもりはない。
俺は遠慮なくレイに声をかけた。
彼女の答えにも遠慮はない。
「イヤに決まってるでしょ?他のみなよー。」
眠たげな声は、甘えているようにも聞こえる。
「俺はどうしてもコレが見たい。
音だけ聞こえる方が怖いんじゃないか?
実際はそんなにキツくない、来いよ。」
なんて、俺の言うことを信じて素直に・・・でもないが隣に座るのがレイのバカな所で、可愛いところだ。
思っても、言わない。
今までそう思っていた。
ふと思った。
言えない、なのかもしれないと。
何度ダマされても引っかかるのは、疑いながらもまた信じようとするのは、それが願いだからだ。
悪魔の俺なんかを、レイは信じたいんだ。
自分が何者であるかなんて捨てて、それに応えたい。
今の俺は、その考えを否定しない。
だが、行動する勇気もない。
失った笑顔が胸によみがえりかけ、もう失くしたくないと恐怖し・・・動けない。
判断がつかない。
何もしなければ、少なくとも今までと変わらないでいられる。
ここに、いられる。
居たい、などと本当は言えない。
そんな立場じゃない。
なぜなら俺は、今 彼女が目を閉じ怯え否定しようとしている“モノ”なのだから。
人殺し、バケモノ、悪魔。
だけど同時に俺は、レイのそばにいる零だ。
そのレイは、せっかくベッドから降りてきたのに俺にしがみつき、身体をこわばらせ目を固く閉じている。
TVの音に反応し、震えたり、時折ちいさく泣き言を漏らす。
「・・・ムリー」
あまりに情けないその声に、俺はふきだした。
「ふっ・・・おいおい、それじゃ寝てても同じだ。
ちゃんと目をあけて見ろよ。」
「だから、ムリー・・・」
TV画面の中、悪魔は血しぶきをあげて哀れなイケニエをむさぼっている。
俺はレイにしがみつかれていない方の手でそっとリモコンを取ると、さらにボリュームを落とした。
「ほら、もう大丈夫だから少しはつきあえ。」
「・・・う、うん?」
おそるおそる、レイが目を開けた瞬間ボリュームを元に戻す。
ギャァアアアアッ!
グチャッボギメギベリッ ブヂュッ
びしゃぁああああ・・・
画面は半分くらい赤系統の色で埋め尽くされている。
「〜〜〜〜!」
悲鳴を上げかけたレイだが、時間は忘れていなかったらしく、口を必死で押さえて声が出ないようにしていた。
別人に見えるくらいカオスな表情が面白い。
恐怖も充分濃く流れ込んでくる。
他の何にも代えがたいその味わいは、映画がほとんど終わるまで続いた。
「ふぅ、楽しかった。な?」
声をかけると
「そ。よかったね。」
少しスネた涙声が答えた。
「怒ってんのか?」
「怒ってないけど・・・怖かったし。」
思えばいつもこうだった。
一方的にガマンさせて、放ったらかし。
少しぐらいの見返りを求める権利が、レイにはあるハズだ。
こんなふうに思うのは、つまり、逆に俺が彼女に何かしてやりたいのだろう。
悪魔らしくはないが、もし俺がただの男ならそう考えても何も不思議じゃない。
今だけ、ただの男でありたかった。
自分が何者であるか忘れたい、たまに忘れる瞬間があってもいい。
それで自分が無くなるわけでもないだろう。
誰にしてるのかわからない言い訳を一瞬のうちに巡らせながら、きっと俺はその時 勇気を出したんだと思う。
(続)