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居候日記  作者: narrow
89/95

続き 11

    ◆ 

 頬を伝う感触。

 なぜ・・・?なぜ・・・それは・・・

 おまえが いない。

 

 はっきり意識した瞬間に感じた、自分が内側から裂かれる感覚。

 硬く、冷たい骸はもう、彼女ではない。

 彼女は死んだ、永遠に失われたのだ。

 その、二度と戻らぬ彼女を、自分がどう思っていたか。

 叫んだ。

 そして記憶は途切れた。

    ◆

 「お前は、ラファエル、なのか?」

 そう言った零に、微笑んで、スズキは、ラファエルはゆっくりとうなずくと、問いかける。

 「じゃ、きかせてもらおうか。ずっとききたかったこと。・・・ねえ、君は、・・・君は彼女を愛してた?」

 ラファエルの青とも緑ともつかない、不思議な深さを抱いた瞳が、零をまっすぐみつめてくる。

 零は無表情なまま、ゆっくりと答えた。

 「わかってるんだろ。」

 肯定するように、ラファエルが笑顔を浮かべた。

 愛していた。

 悪魔でありながら、人を。

 そして、愛されていた。

 俺はずっと前から、知っていたのだ、

 愛を。

 その感情が、本当に存在していることを。

 それは確かにエゴでできていて、錯覚を呼ぶもので、その概念は妄想めいている。

 それでも、それが二人をつないでいるなら、共有しているその想いが、ほとんど一つになっているなら、相手を自分自身よりも大切に思えたなら、それは愛と呼んで間違いないのだ。

 「じゃあさ、えへへ」

 嬉しそうな笑顔をラファエルは浮かべ、言葉を切る。

 「今は・・・レイちゃんのことはどうなのっ?ねえっ!どーーーなのー!」

 続く言葉は、さっきまでとうって変わって、軽いノリでレイへの気持ちを問う。

 すっかり普段どおりの“スズキ”だ。

 どうなんだろう?

 あいつは、レイアじゃない。

 似ているけれど、同じじゃない。

 レイのために、俺はあんなふうに泣けるだろうか。

 認めるのは少しシャクだが、心は、通い始めている、けれど。

 答えは、出そうもなかった。

 とりあえず、考え込む俺をしたり顔で見つめていたラファエルの頬を、色がかわるまでつねりあげてやる。

 「いたたっいたいいたいー!きぎゃう(気軽)におーりょく(暴力)ふるわにゃいでっ!」

 本当に痛いらしく、目には涙がにじんでいるが、口元は笑っている。

 なぜ、笑えるのだろう。

 あの時こいつはまだ、ただの人間だったクセに俺に向かってきた。

 俺が喰ったレイアを、コイツも愛していたからだ。

 愛するものを奪われて憎いはずの、その相手になぜ。

 「なぜお前は、そんな顔ができるんだ?」

 何百年も前だから?

 時間が、想いをうやむやにしてしまったのか?

 人が悪魔に立ち向かうなら、きっとそれは死を覚悟している。

 目の前で一人死んでいるのだから、なおさら強い意志が必要だったはずだ。

 そんな強い想いも、時間とともに風化するのだろうか。

 あんなに俺たちを苦しませた、愛とは、そんなものか。

 考え込むあまり、ラファエルの頬をつねっていた手の力が少しゆるむ。(が、放すことはなく。)

 「僕、そんな変な顔?」

 どう聞こえたのか、ショックをうけたようにラファエルが返す。

 「俺が、憎くないのか?」

 零は、彼の言葉にかまわず自分の疑問だけをぶつける。

 「ああ、・・・そのことか。ん・・・、まあ、ちょっとは、憎らしいかな?」

 言葉とは裏腹に、やはり笑顔(涙目)のまま。

 「でもねぇ、君、あのとき泣いただろ?悪魔の、くせにさ。おまけに倒れこんで動かなくなっちゃってさ、死んじゃったかと思ったよ。でも、だから、気持ちは、彼女の気持ちは届いてたんだって、ちゃんとわかったんだ。なら仕方ないじゃない?そしたら直接手にかけた、とはちょっと思えないし、そうだとしても、君は彼女の願いをかなえただけ。そして、彼女にとっては、好きな人とひとつになるほうが、残りの、君のいない人生よりも大事だったんだもの。・・・あの子が好きになった君を、悪魔のクセに人を愛せる君を、僕は信じてみたい。彼女の愛した君は、僕にとっても大事なんだ。今は・・・とても。」

 よどみなく言い切る。

 想いは、消えたわけでも、うやむやになったわけでもなく、変わらずそこにある。

 何百年という時を経ても、ずっと生き続けていた。

 そうだ、それは、ここにも。

    ◆

 「ねー、そろそろ手ぇはなしてよーほっぺたのびちゃうよー・・・あれ?君・・・」

 零は、あのときの涙の続きを流していた。

 音もなく泣き続ける彼は今、あの森にいるのだろう。

 まだ人間だったあの時、ラファエルは確かに、あんな結末をもたらした悪魔を残酷だと感じた。

 死を選ばせるくらいなら、そして少しでも彼女を想っていたなら、どこか、家族の手の届かない場所へ連れて行ってくれればよかったのだ、と思った。

 一瞬だが、憎みもした。

 けれど、その後長い長い時間をかけて、彼の考えは変わっていった。

 変わったその考えは、零を見守るうち、だんだんと確信めいたものになる。

 そして今、声ひとつあげずただ涙を流し続ける彼を見て、レイアの願いこそが残酷だったのではないかと思うのだ。

 なぜなら、あのときすでに悪魔は、その身を滅ぼしかねないほどに彼女を愛していたのだから。

 愛していたから、人間としての彼女の人生を奪ってしまうことができなかった。

 人間である彼女を、モノのように、奪ってしまうことができなかったのだ。

 けれど、その愛が彼に負わせた傷は、記憶を封じてしまうほどに深かった。

 そうしなければ、生きていけないほどに。

 あの時彼があげた叫び声は、今でも耳に残っている。

 生きたまま体を裂かれているような、聞くだけで身がすくむ叫び。

 自分の気持ちと、その行き場が永遠になくなったことに気づいたあの瞬間、彼は、自分で自分を殺そうとしたのかもしれない。

 まるで後を追うように。

 けれど、それはかなわず、ただ記憶だけが、開くことのない扉の奥へ閉じこめられて。


 それをこじ開けたカギは、きっと・・・。


 「だいじょうぶ、今度は、今度こそ何があっても僕が守るよ、キミも、あの子も。」

 ラファエル、大いなる天使の名を持つ彼は、涙を流し続ける悪魔のそばで、自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。

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