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居候日記  作者: narrow
88/95

続き 10

    ◆ 

 昼間であること、従って人の目がある、ということに油断していた。

 彼女が姿を消したことに、家族はしばらくして気づいた。

 が、同時に台所のナイフが一本消えたことまでは、誰も気がまわらなかった。

 気づいたとしても、まず彼女を見つけなければどうにもできない。

 彼女の母が、あわてた様子で走っていくのを見て、ラファエルは彼女が逃げたのか、とすぐに思い当たった。

 なんとなく、いやな予感がした。

 見つかりやすい昼間に逃げ出す、後のことを考えていないその行動。

 そして、会いに行く相手は、悪魔。

 ここで心配していても何にもならない。

 とにかく森に行くしかない。

 彼は仕事を放り出し、全速力で森へ走った。

 前にレイアと悪魔が会っていたあたりをめざして。

    ◆ 

 小さな彼女の肩に顔を押し付けていた。

 抱きしめた彼女の呼吸が、耳元で聞こえる。

 もう止まってしまいそうな、弱々しいその音。

 とまる瞬間が、怖い。

 目の前にある現実を、この世界すべてを拒絶するように目をきつく閉じて、彼は彼女を抱きしめ続ける。

 まるで、そうしていれば彼女が死なないと、信じてでもいるように。

 もうすぐきっと止まってしまうなら、本当は聞いていたくない。

 けれど、生きている彼女の音を、最後まで聞いていたい。

 血のニオイがする。

 血のニオイしかしない。

 まだあたたかい、やわらかなカラダは、もうだらんとしてほとんど動かない。

 もうすぐ確実にやってくる、彼女が自分から永遠に奪われる瞬間。

 かすかに、余韻のように残っていた呼吸が、完全になくなった。

 彼は閉じていた目をあけ、顔をあげた。

 ぼうぜんとした彼の表情は、見ようによっては無表情にもとれる。

 彼女の命が、そのカラダを離れ、彼は唐突に幸せな気持ちが自分を満たすのを感じた。

 苦痛だとか、悲しみだとか、言葉では言い表せない、彼を支配していたすべてを押しのけてしまう、大きな波。

 一番近くで見た、あの瞳を、笑顔を思い出す。

 これは、彼女だ。

 彼女が自分の中に入ってくる。

 これで、ずっと一緒にいられるんだ。

 一つになる意識を通して、最後に彼女がそう思っていたのがわかる。

 そして、彼女の命が完全に彼に吸収されてしまうと、幸せな気持ちは幻だったかのように消え、彼はまたもとのヌケガラに戻った。

 

 本当はあのとき、俺はお前を綺麗だと感じていた。

 

 一番幸せそうに見えた彼女の笑顔が、胸によみがえる。 

 そのときを再現してみるように、血でぬれた彼女の唇に、唇を重ねた。

 なんだか別のもののように感じる。

 なまぐさい血のニオイも、塩気をふくんだその味も気にならなかった。

 ただ、笑顔がそこにない事だけが彼をさらに打ちのめした。

 力なく、けれど手を放すこともできずに、だんだんと暖かさを失う彼女の体を抱いていた。

 すがりついていた。

 彼の耳に、遠い足音が聞こえる。

    ◆ 

 うずくまる黒い影がみえた。

 あれは、悪魔だ。

 抱いているのは、レイアだろう。

 怪我でもしたのだろうか。

 苦しい息をガマンして、ラファエルはさらに走る。

 近づくと、彼女は動いておらず、あたりは赤く。

 血だらけの彼女を、無表情で悪魔が抱いていた。

 ついに悪魔が彼女の命を奪った、だれが見てもそういうことだった。

 「・・・!おまえは、レイアを!」

 悪魔に対する恐れよりも、レイアを殺された怒りが先に立った。

 悪魔が血の付いた顔をあげ、感情のない声で言う。

 「食った」

 口元にも血がついている。

 彼女の血をすすってでもいたのか。

 「返せ・・・レイアを返せ!」

 その亡骸だけでもいいから。

 その叫びは、悪魔を責めるように。

 「いやだ」

 悪魔が死体を抱く腕に、少し力をこめたように見える。

 「なぜ、・・・殺した?!」

 理由を聞いても彼女は生き返らない。

 けれど、理由がなければ、彼女が哀れすぎた。

 愛していたのに、殺されるだなんて。

 「こいつが望んだ。」

 うそだ、とすぐに言い返せない。

 確かに、森に行けなくなってからのレイアの様子は、そんなことを考えかねないものだった。

 それでも、言うことはまだある。

 「だったら殺すのか!レイアはお前を、お前なんかを信じて、愛してたんだぞ!」

 「あい?そんなものはない・・・どこにもだ!ありもしないものをふりかざすな、人間。」

 レイアの死体を抱いたままの悪魔が、光る瞳でにらんでくる。

 ラファエルは、負けじとにらみかえした。

 「そうか・・・こいつが好きだったのか。ならお前も、俺に食われろ。俺のなかでこの女と結ばれる、幸せだろう?」

 あの光る瞳で、心をのぞかれたらしかった。

 悪魔の力を見せ付けられ、じわり、と恐怖がわいたが、すでにケンカを売ってしまっている。

 どちらにしろ死ぬなら、ここで引き下がるのは馬鹿馬鹿しい。

 死ぬのは言いたいことを言ってからだ、とラファエルは覚悟を決めた。

 じゃなきゃレイアがかわいそうだ、と。

 「お前は、・・・レイアを、どう思ってたんだ?」

 無表情だった悪魔の顔が、ピクリと反応した気がした。

 悪魔が何を思ったかはわからない。

 けれど、少しは後悔すればいい、してほしい。

 彼女の気持ちが届けば、とラファエルはたたみかける。

 「なぜいままで食わなかった?僕は、見たんだぞ!あんなに親しそうにしてたじゃないか!僕は・・・僕は、だから・・・信じてたんだ!あの子はお前を悪魔と呼んだ、けどおかしくなることもなかった、すぐ殺されることもなかった、だから・・・お前は本当は悪魔じゃないんじゃないかって・・・お前もレイアを・・・」

 かすかに、悪魔が眉を動かす。 

 「うるさい!・・・悪魔が、人を?愛・・・なんてない、ありもしないものをふりかざすなと、いっているだろう?!」

 声を荒げた悪魔の顔は、怒りよりも、嘆きを感じさせた。

 ラファエルはなおも言葉を続ける。

 「じゃあ、なぜずっと彼女を抱いてるんだ?なぜそんなに苦しそうなんだ!なぜ・・・なぜ・・・泣いてるんだ・・・」


(続)

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