続き 9
「ねえ、悪魔・・・」
いつも届く、泣きそうな声とは違う落ち着いた響き。
ああ、おまえの声はこんなに心地よく耳に響くものだったんだな。
おだやかな気持ちが、彼によみがえってくる。
彼女の声が、癒しを与えてくれていた。
「あんたが、好きだよ。だから、あたしを・・・あげる。」
愛しいものに語りかける、優しい声が、悪魔の心を満たした。
何もいらない。
おまえさえも。
その声、今のその言葉だけでいい。
痛みも、悲しみも、愛しさも、すべてたった今報われた。
お前の中から消えてやろう、だから、俺を忘れて笑え。
いつかみたいに。
やっと決心した彼が、彼女の記憶を操作しようとした、その瞬間、彼女の手の中の何かが木漏れ日に反射した。
彼女がゆっくりと、前にむかって倒れていく。
彼は急いで人の姿に変わると、彼女を抱きとめようとした。
一瞬。
一瞬だけ、遅れた。
最後の瞬間まで迷い続けた彼の指の、ほんの数ミリ先をかすめて、彼女は地面に倒れこんだ。
赤い色が、広がっていく。
突然世界が奪われた。
何も見えない。
何も聞こえない。
きっと、おまえの声が聞こえないからだ。
笑いながら、またおまえが俺を呼んでくれれば、きっと世界は戻ってくる。
違う。
お前は二度と俺を呼ばない。
動かない、笑わない。
なぜなら目の前でどんどん真っ赤に染まっていくこれがお前だから。
ああ、そうだ、ちゃんと、見えている。
抱き起こす俺の腕の中で、どんどんどんどん真っ赤になるお前。
ちゃんと聞こえている。
徐々に小さく、弱くなっていく苦しそうな呼吸。
おまえは見えてるか、この俺が。
ごぼり。
血の泡をふいているレイアの口元が、かすかに、ほころぶ。
おまえは聞こえているのか、俺の声が。
「レイア!レイア!!なぜっ?!だめだ死なせないぞ!!」
胸にささっている刃物をぬいて、傷口をふさいで、少し俺の力を分ければ。
死んでしまう前なら。
彼女が、死にたくないと思ってさえくれれば。
けれど、彼女はただ死だけを望んでいた。
取り乱す彼を前にしても。
彼の気づかぬうちに、彼女は自分を苦しめるだけの正気など、とうに手放していた。
傷口からは血があふれ続け、彼がそそぐ力は、彼女の中に受け入れられず、薄暗い森の空気に、淡い影となり薄れ、溶けていく。
「聞けっ!俺が、俺が間違ってた!もう離れない!そばにいるから!だから生きてくれ!頼むから・・・っ」
怒鳴る彼の声は、ところどころ悲鳴にも聞こえた。
「・・・」
レイアが、何か言おうとするのに気づき、彼は怒鳴るのをやめ、ささやきより小さなその声を、きっと最後になる声を聞き取ることに集中する。
「・・・ぇ、あくま・・・だいすき・・・あたしのいのち・・・もら・・・て?」
血だらけの彼女を、自らも血にまみれながら彼は強く抱いた。
(続)