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居候日記  作者: narrow
82/95

続き 4

 振り返り、見上げる。

 むかし見た彼が、異様に大きく感じたのは自分が小さいからだと思っていたが、成長した今見ても、やはり彼は十分すぎるほど大きかった。

 けれど、その体は大きさのわりに妙に細く、

 「枯れ木みたーい・・・」

そんな感想を彼女は持ち、同時に口に出していた。

 「・・・」

 長い黒い髪の間からわずかにのぞく顔を見ると、その感想は明らかに悪魔の機嫌をそこねていた。

 「あああっ、ごめんね!違うの、今日はお礼いいにきたのにー・・・」

 ぱたぱたと手を振り、失言を取り消す動作をすると彼女は慌ててそう言った。

 悪魔の表情から不機嫌さが消え、なんの表情も浮かんでいない状態に戻った。

 いくらのぞいても、冷たい石のようなその瞳には、一かけらの感情もみあたらない。

 その肌は、死人のように青白く、紅い唇は、固まりかけた傷口のように不吉な色。

 振り乱した長い黒髪、人並みはずれた大きさの、やせすぎた体を覆う服は上から下まで黒一色。

 彼の姿は、たしかに異様だ。

 けれど、もう二度も、彼に助けられた。

 それに、なんの感情も読み取れないその瞳は、なにかを失くした、喪失感そのものの色に見えた。

 涙が枯れて、それが血に変わって、それすらも体中からぜんぶ絞り出してしまったそのあとのような、そんな底知れない空虚さがそこにある。

 その目を見ていると恐ろしさよりも、何かしてあげたい、その瞳に少しでも明るさを取り戻したいという気持ちがわいた。

 改めて彼に向き合い、彼女は確信した。

 自分の胸にある、彼に対する感謝と、少しの恐れ、そして、それ以外の別の感情を。

 「礼ならもらった。」

 「違うよ、ちゃんと、ありがとう、っていいたかったの。」

 彼の目を見て、彼女が笑った。

 悪魔は、表情を動かすことなくただ彼女を見ていた。

 「ねえ、あのね、あたし、なんかもっとできることないかな?」

 「・・・」

 彼女の言っている意味がわからないのか、悪魔は何も答えない。

 「あんたの目、不思議な色だね。」

 答えを待つ間ずっと見ていた彼の目は、見れば見るほどフシギで、淡いグレイにも紫色にも見えた。

 「何が言いたい?」

 確かに彼の言うとおり、今は目の話をしていたわけではない。

 「たとえば、・・・たとえばね?あんたの身の回りの世話とか、あたしがしてあげようか?ご飯作ったり、掃除したりさ。ずっと・・・ずっとそばにいて、さ。」

 「いらん。どうしても何かしたいなら、・・・そうだな、あの実がなる場所。教えろ。」

 「え」

 恥ずかしさを押しての告白を、速攻で拒絶された彼女は、落胆と驚きのまじった声をあげた。

 

 案内してやると、その場で悪魔は実をもいで、一つ口にふくんだ。

 赤い実が、彼の紅い唇の中に消えてゆくのを彼女は目で追う。

 「で?」

 悪魔は、いつかのようにそう言った。

 「で?」

 意味がわからず、彼女も、いつかのように繰り返した。

 「俺の世話は必要ない。それ以外に用は?」

 面と向かって二度もハッキリ拒絶されると、気分が悪いのも通り越し、彼女は開き直った。  

 「あんた、あたしのこと嫌いなの?」

 スネた言葉は、一応質問の形をとってはいたが、なんとなく嫌われているのではない気がしていた。

 嫌いなら、多分相手はしない。

 この悪魔は、突然現れたり消えたりできるくらいだから、そうしようと思えば彼女に見つからず、もっと静かな森の奥で呼び出しを無視することもできるはずだ。

 それが、こうして出てきて話に応じてくれる、ということは少なくとも自分を嫌ってはいないだろう、と彼女は考えていた。

 果たして彼の答えはこうだ。

 「別に」

 無表情なまま吐き出されたその答えを、だいたい予想はしていたものの、彼女には淡い期待もあった。

 もしかしたら、少しくらいは気に入ってくれてたりするんじゃないかと。

 その期待は裏切られてしまったが、とにかく嫌われていないなら、まだ望みはある。

 「じゃあ、うーん・・・またあんたに会いたい時は、どうしたらいいか教えて?うるさいの、ヤなんでしょ?」

 楽しそうにそう言って彼女は悪魔の顔をのぞき込んだが、同時にゆったりと、ごく自然な動きで横を向かれてしまった。

 顔のほとんどを不気味に垂れ下がる前髪に隠され、鼻と口の一部しか見えなくなってしまった彼の表情は、よくわからない。

 「呼べ、ここで。」

 「それだけ?なんて、呼べばいい?あんたの名前、教えてよ。」

 「悪魔、でいい。」

 「悪魔って、だってそれ名前じゃないでしょ?」

 「俺に名前はない。ただの、悪魔だ。」

 個の名前がない、というのはちょっと人間では考えられない。

 けど、悪魔ってそういうものなのかも、と彼女は考え、なんとなく納得した。

 「わかった、悪魔って呼べば、来てくれるんだよね?」

 肯定の意味なのか、彼は答えない。

 「絶対来てよ?あたしはね、レイアっていうんだ。」 

 何も言わず、どこを見ているのかもよくわからない悪魔に向かって明るく笑う彼女は、彼に惹かれ始めている自分を自然に受け入れていた。

(続)

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