表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居候日記  作者: narrow
81/95

続き 3

 時がたち、少女はもうすぐに泣いてしまう小さな子供ではなくなっていた。

 もうそろそろ、大人に近づく年齢だ。

 けれど、彼女は泣いていた。

 「母さん・・・」

 彼女は、もう何日も床についたまま、今ではほとんど意識のない母のそばで家族とともに泣いていた。

 原因のわからない病気で、ある日突然母は倒れた。

 家族がかわるがわるに一日中そばについて看病しつづけたが、だんだんと眠っている時間が増えていった。

 村医者もとうに、さじを投げていた。

 彼女のうちは貧しい村の一般家庭で、高名な医者を呼ぶ余裕などあろうはずもなく、家族さえ母のことはもうあきらめていた。

 けれど、彼女はあきらめられなかった。

 今まで育ててくれた母、たくさんの思い出、母がいなくなることなど考えたくもなかった。

 父や、兄弟たちの悲しむ顔も見たくない。

 そのためなら、自分の命をひきかえにしても。

 彼女は、森へ向かった。

 今こそ、悪魔に命を差し出すときだ。

 会えなくても、何日でも探す気だった。

 そんな覚悟をし、森に入っていくらも歩かないうちに、彼女は転んだ。

 「ぃたっ!」

 体をおこして、自分がつまづいたものを確認すると・・・いつかのように、あの悪魔がいた。

 昼間の、まだ明るい森の中、そこだけに夜が広がる。

 黒い服と黒い長い髪に囲まれて、青白い月のような顔があった。

 あの時と同じく、木によりかかって座っている彼が伸ばした足に、彼女はつまづいたらしかった。

 黒い髪の間から禍々しいほどに鮮やかな紅色をした唇が、うっすらと笑っているのが見える。

 わざと足をかけたのかもしれない。

 「何すんの!」

 彼女が強気なのは、大きくなったせいもあるが、面識があるため、必要以上に悪魔を恐れていないせいでもある。

 「・・・くくっ。知ってるぞ。」

 それでも、その低く耳にまとわりつく声はやはり少し恐ろしかった。

 「何を!」 

 ひっこみがつかず、勢いだけで彼女は言い返す。

 「・・・さっきまで、泣いていた。」

 なぜ知っているのか。

 これも、悪魔の力なのだろうか。

 「お前の、母親かあ。命までとるような願いじゃないな。」

 彼女がその命をささげる気で来たことも、彼はわかっているようだった。

 「あれはなあ、よわーい、魔だ。俺が食ってやろう。」

 「え・・・じゃ、じゃあ、あたしは、どうしたらいいの?」

 命までとらない、とは言われたものの、それをささげる気で来た彼女は、代わりのものなど何も持っていない。

 悪魔が白い手でゆっくりと髪をかき上げた。

 さえぎるものが何もなく、明るい日の下で見る彼の顔は、病的な印象ではあったが、恐ろしいというほどのものでもなかった。

 逆に、その不思議な色の瞳、何の感情も読み取れない目つきが彼女の気を引いた。

 視線が交わると、なんだか彼女は少しだけ鼓動が早くなるのを感じた。

 怖くなどないつもりでいた、けれど、あたしは、やっぱり怖がっているのだろうか、と思う。

 あの時、森から帰してもらうときに見た、黒い巨大な翼を思い出していた。

 「あの赤い実。かごにいっぱい。」

 彼女は拍子抜けした。

 「そんなことでいいの?」

 あの実の季節はちょうどいまごろ。

 難しいことではないが、覚悟してここまで来た自分はいったいどうなるのだ。

 「夕方までにここへ持って来い。」

 そういい残すと、悪魔は立ち上がり、木陰へ消えた。

 文字通り、一瞬で、あとかたもなく。


 彼女は言いつけどおりに木の実をつむと、悪魔と会った場所で彼を待った。

 すっかり日がくれ、夜になっても彼が現れないので、彼女は木の実だけを置いて、母の様子を見に家へと戻った。

 母は夕食を用意し、家族とともに元気な姿で彼女を待っていた。

 

 彼女は、次の日も森へ足を運んだ。

 まだちゃんとお礼を言っていない。

 どうしても、もう一度、会いたい。

 「悪魔ーっいるんでしょ?ねえ、あーくーまーっ!あぁーーーくぅーーーまああああああ!」

 森の奥深くで、彼女は声を限りに何度も叫ぶ。

 鳥や、小動物がその声におびえ、がさがさと散り散りにどこかへ逃げていった。

 「くらーっあくまーっでてこーい!あーーー!くまーっ!」

 「うるさい。熊に出てきてほしいのか、お前は。」

 背後から、低い声でだるそうなツッコミが入った。

 どうやら悪魔は騒がしいのが嫌いなようである。

(続)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ