続き 2
「どっちへ行くつもりだ。」
「・・・!」
言いながらも悪魔の視線はかごの中の木の実に注がれていて、こちらを見てはいない。
彼女が凍りつくように突っ立っている横で、見る見るうちにかごの半分くらいを悪魔は食べてしまった。
満足したのか、指についた汁をなめ取っている。
「で?」
と、彼は言った。
「で?」
意味がわからず、彼女は問い返した。
「なんか俺に願うことはないのか?たとえば・・・どっちへ行けば帰れるのか、とか。」
また、あの光る目で彼女を見ると、かすかに口元だけで悪魔が笑った。
「え・・・でも、イケニエ・・・」
悪魔は願いをかなえるときに、イケニエを必要とする。
その『イケニエ』の意味は幼い彼女でも知っていた。
「別にイケニエじゃなくても、俺を満足させる代価があれば願いはかなえてやるさ。森から出してやるくらいなら、この木の実でもかまわない。」
かごには、まだ半分木の実が残っているが、悪魔はもうそれに興味はないようだった。
森から生きて帰れるとわかったとたん、彼女は元気をとりもどし、そのかごをしっかりと手に持った。
「あの、ありがとう!」
同時に、彼女をここから出してくれる、という悪魔への恐れもだいぶなくなり、彼女は笑みすらうかべていた。
「・・・」
答えずに立ち上がった悪魔は、彼女が今まで見たこともないくらい大きな体をしていた。
声を失い、彼女は再び恐怖で凍りついた。
固まってしまった彼女を、悪魔は体のわりに細い、長い腕でひょいと抱えると、どこにかくしていたのか、恐ろしく大きいコウモリのような黒い翼を羽ばたかせた。
森の入り口までは、ほんの一瞬でついたように感じた。
もうすっかり日は沈み、あたりの景色はすべて夜の顔をしていた。
地上に降ろしてもらうと、彼女はさっと悪魔から距離をとる。
黒い森を背景にして黒衣の悪魔が立つ様子は、白い顔だけが闇に浮かんでいるようにも見えた。
もうここからなら帰れる、と彼女は安心した。
不意に白い顔が消える。
悪魔が森へ帰ろうと、背を向けたのだ。
少し気持ちが落ち着いた彼女は、怖いけれど、帰れることがうれしくて、もう一度悪魔にお礼が言いたくなった。
「ねぇ!」
表情のない、白い顔がふたたび現れる。
かごの中から、ひときわ大きな実をいくつか取り出すと、彼女は悪魔に近づく。
「ありがとう!これあとで食べて!」
差し出されたそれを、悪魔は大きな手で受け取ってくれた。
声も、見た目も、確かに恐ろしいが、彼女にとって悪魔は恩人だった。
「じゃあね!またね!」
別れ際、そんな言葉をかけてしまうくらいに。
その後、どんなに森の奥深くへ分け入っても、彼女は悪魔に出会うことはなかった。
なぜだか、迷うことも。
(続)