続き
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森の奥深くには悪魔が住み着いていて、生贄をささげれば願いをかなえてくれる。
村の近くの森にはそんなうわさがあった。
黒々と茂る大きな森は、どこまで続くのかわからないくらいに広く、大人でもあまり深くまで足をふみいれることはなかった。
薄暗い森のところどころ、光でできた柱のように木漏れ日が、太く、細く差している。
しずかなその風景に、子供たちの声が響く。
少女は、友達と甘い木の実をつみにきていた。
そこへ足を踏み入れるのは禁じられていたものの、そういう場所ほど魅力的なものが隠されている。
森でとれる木の実は、どこのものよりも甘く、大きかった。
子供たちだけが知っている秘密のその場所へゆくと、思った以上にたくさんの実がなっており、彼女たちはきゃあきゃあと歓声をあげながらそれを夢中でつんだ。
そうするうち、だんだんと森の奥まできてしまっていた彼女は、いつのまにかそばにいた友達が、一人も見当たらなくなっているのに気づいた。
呼べばすぐ返事してくれるよね、と彼女はそれを気にしなかった。
かなりの時間がたち、かごいっぱいに木の実がとれて、満足した彼女は、大きな声でみんなを呼んでみる。
「リジィー、ノエルー、みんなーどこー?」
耳をすましても、しぃんと静まり返った森からは、返事はおろか物音すら聞こえてこない。
「みんなー?どこおーーー?」
自分がきたであろう方角へ、数歩踏み出す。
なんの気配も、人影もない。
時折、どこかから鳥の鳴く声と、高いところで木の葉同士がこすれあう音だけが聞こえた。
木漏れ日が、その角度と色をゆっくりと変えてゆく。
みんなを、知っている風景を探して、闇雲に歩き回ってみるが、いっこうに状況はよくならなかった。
いつのまにか、日は沈みかけている。
どうしよう、もうかえれない。
こわいあくまがでてきたら、どうしようどうしようどうしよう。
「うぅ、ぐすっ・・・ふぅっ・・・ぇ」
泣きながら、それでもとぼとぼと彼女は歩く。
けれど、もうどこに向かって歩いているのか見当もつかない。
「・・・かえ、りたい、ようっ・・・ぐすっ。」
涙でぐしゃぐしゃの顔を、手でこする。
視界がふさがり、
「ぅわあっ!」
それでも歩き続けていた彼女は、木の根に足をとられて転んだ。
寂しくて、不安で、もう立ち上がる元気もなく、少女はそのまま本格的に泣き出す。
「うるさい。」
すぐそばで、低く恐ろしい声が聞こえた。
彼女の体の下にあった、木の根と思えたものが動く。
薄暗い森で、木によりかかりながら地面に座っているその人の顔は、あまりに白く、ほんのりと発光しているように見えた。
「・・・あ、・・・あくま!」
黒い衣服に身を包み、青白い顔のその男は、長い黒髪を振り乱し、人間の姿をしてはいたがひどく不気味だった。
「だったら、なんだ?食ってやろうか。」
彼が伸ばしていた脚を折り曲げると、彼の足の上に倒れこんでいた彼女は引き寄せられる形になった。
「ぃっ・・・ひぃ、やだよぉ・・・」
驚いて涙も引っ込んでいた彼女だが、また泣き出しそうになる。
おおきな手が彼女の頭部をつかむと、上を向かせる。
男の目がぼんやりと光っているのが見えた。
食べられる、食べられるのはやだっ!
そう思った彼女は、身代わりを思いついた。
「これっこれあげるっ!食べるならこっち!」
さっきたくさんつんだ甘い木の実だ。
赤くつやつやした、かごいっぱいのそれを、悪魔に見せる。
だめかもしれないけど、神様お願い!
彼女は目をぎゅっと閉じて、悪魔が何か言うのを待った。
・・・ぷちゅっ。
水気を含んだ音がして、おそるおそる目を開けると、悪魔が木の実をぱくついているところだった。
長い髪の間からのぞく顔に、表情はない。
うっすらと発光する目が、彼女にその視線をよこす。
「お前・・・」
悪魔が恐ろしい声で話しかけてくる。
「いつまで俺の脚の上で寝てるんだ。」
「あっ!」
彼女はあわてて立ち上がった。
ぷちゅ、ぷちゅ・・・。
悪魔は次々とかごの中の実を食べてしまう。
全部食べ終わったらあたしの番かもしれない、そう思い、彼女は音を立てないようにして、そっと悪魔から離れようとした。
(続)