15 めざめるゆめ
「何百年たっても、俺は俺か。くり返すのは…もうゴメンだ。いいかげん思い出せよ、“俺”…」
そう言って諦め顔で笑い、俺の中の俺は消えた。
“夢”を見た。
◆
前は、夢なんて時々しか見なかった。
どこか、明るい場所に俺はいた。
このところ、数日に一度のペースで夢を見る。
キラキラと陽に光る緑が、俺の視界の中で楽しそうに、踊るようにゆれている。
思い出せそうで思い出せない何かがひっかかっているような、もどかしい目覚め。
光、緑、空の青、・・・明るくあたたかい光景の中、けれどなぜか青とも緑ともつかない色が悲しみを運んできて、夢は終わる。
美しい色彩と断片的なイメージを残すその夢の、肝心な内容は、あまりよく覚えていない。
けれど、思い出さなければいけない気がする。
もどかしさが不快で、それでいてなんだか懐かしいあの夢。
やがてその夢を見る頻度はだんだんと高くなってゆき、起きた後に残る夢の印象や、映像の切れ端も多くなっていった。
そしてそれは毎晩のように訪れるようになり、夢の内容も少しはわかるようになった。
楽しそうに語りかけてくる、少女の夢。
あの緑色は、深い森。
黒々と茂り、そびえる木々の間を見上げると、その隙間に、高く青い空。
紅茶色の髪をした少女が、すぐそばで俺に笑いかけてくる。
まるで、レイの笑う顔みたいに、不快感もなく自然にそれは俺の心に入り込んで・・・。
見続けるうちに、俺は気づいた。
これは、記憶だ。
忘れ去った遠い記憶、封じ込められていた、俺にとって不利益な記憶が目覚めようとしている。
思い出すのは危険だと、本能が告げる、けれど平和な、タイクツそのものの風景。
木漏れ日の差す美しい、深い森。
笑う少女。
レイに似た、その笑いかた。
なぜ、忘れていたのだろう。
俺は、その笑顔がもたらすもの、”それ”を知っている。
それ?
って、何だ?
その男の声は、いつもやわらかに響く。
「ねえ、聞かせて」
今はわからなくなってしまっている何か。
思い出してはいけない何か。
「君は」
優しげな男の、その瞳は、さわやかでいて、けれど忘れていた悲しみを呼び起こすような色。
腕の中に彼女がいる。
閉じたまぶたは、もう二度と開くことはない。
「おまえは、・・・を!」
涙をためた瞳で、けれど怒りの形相で俺を責めているのはスズキ・・・いや、こいつはスズキなんて名じゃない。
このときまだコイツは人間で、俺たちのような“名を持たないもの”ですらなく、本当の名前があったはずだ。
その記憶も、また夢の中。
お前は、本当は誰だ?
いつから俺を知ってるんだ?
お前と俺は、偶然出会ったのではなかったのか?
なぜかお前と戦う気にならないのは、お前が悪魔の俺に何もしないのは、この記憶に関係があるのか?
夢としてよみがえる記憶の断片は、だんだんと増えながらも全てはそろわず、全体像までは把握できない。
「僕は、ずっとそれを待ってた。自分で思い出してごらん、もう少しだ。すべて思い出したら、君にききたいことがある。答えは、・・・もうわかってるけど、どうしても君自身から聞きたい。」
この記憶は何なんだ?
そう訊いた俺に、複雑な表情でスズキは笑いかけた。
痛みを抱えているような、懐かしむような、愛しいものを見るような、それは分類しがたい、どんな表現もあてはまらないような顔だった。
もう少し、そういわれても俺には夢しかない。
夢が与えてくる情報以外、自分では何も思い出せそうになかった。
「君は、・・・・・てた?」
ああ、そうだ、その通り。
それは、遠い遠い記憶。(続)