続き 3
「どんなタイプがいい?優しくも、冷たくもなれるぞ、俺は。」
優しく髪をなでてやり、微笑んでみせると、レイの顔が悲しげに歪んだ。
凍りつく痛みと、全身を貫く衝撃。
何を叩きつけられればこうなるだろうか。
一瞬、自分に何が起こったのかわからなくなる。
体が冷えていく気がして、感覚が戻ってくると外側には何も起こっていないことを思い出す。
嫌われた、そう思っただけ。
一番嫌がる事を今言っていると、知っているだけだ。
彼女にふれていた指先は、いつのまにか少し引いた位置で宙に浮いている。
どこよりも一番、冷たいこの手は永遠に宙をさまようんじゃないか?
不意にそんな考えがよぎり、それがたとえようもない暗さをもった不安に変わる。
二度と、触れられない。
だって、そうだろう?
彼女が望んでいるのは、愛だ。
それがないから、拒絶された。
だが、俺は知っている。
愛などどこにもないと。
その正体は幻想、愛はエゴの呼び名の一つでしかない。
自分を“愛して”くれるから、“愛され”たいから、“愛する”。
全て結局は自分のためでしかない。
だからこそ、自分が愛など持たない、持つことができない事も、俺は知っている。
永遠に彼女に、この人に、あなたに触れる資格などない悪魔。
心がカラになる気がした。
せめて同じ幻想の中に居たなら。
アタマをよぎる仮想は無意味だ。
それでも表面上はさっきと何も変わらない顔をした零と、泣きそうなレイ。
数秒見つめあったあと、レイがつぶやく。
「そういうの、イヤなの・・・。」
彼女が押し殺しているのは、怒りではない。
今この瞬間、誰かが自分を殺してくれれば内側で暴れるこの苦痛から逃げられるのに。
零はそう考えながら、ウンザリした表情を作ってみせる。
「知ってて、言ってる。」
嘘には自信があっても、今だけは不安が残った。
レイのまぶたが閉じる。
彼女の頬を、光が駆け降りた。
あれは、キケンなものだ。
零はぼんやりとそう思った。
触れればきっと、自分は焼き尽くされて何も残らない。
それを手でぬぐうレイの姿は、子供と変わりがなかった。
すっかり涙声になりながら、レイは今の状況自体を否定しはじめた。
うけいれがたい現実を。
「ねぇ零さん。やりすぎ、でしょ?からかってるつもり、でしょ?でも、泣く…まで、やったら、シャレんなんないよ。」
話す間にも、ぱたぱたと涙はこぼれる。
ひとしずくごとに、零の中の何かが、ぼろぼろになっていく。
触れてさえいないのに、壊されていく。
もう一度レイの言葉を突っぱねるのには、少々の気力を要した。
少し離れれば、つらくない、ハズだ。
「からかってなどいない。現実的に考えろってことだ。どうせ俺は、逆らえない。」
レイが目を見開く。
まつ毛には、小さな光が幾つも、いくつも。
すぐに力いっぱい目を閉じると、顔が赤くなっていき、下を向く。
さっきよりも速度と数を増して、光る珠が落ちる。
凍てつき、次の瞬間には燃え上がり、零の体の中を獣が暴れまわる。
だんだんと大きく身体を揺さぶるそれは、鼓動に似ていた。
焼かれても、凍り付いても、零は平気な顔で見ていられると思っていた。
肩を震わせて黙って泣くレイを。
泣き顔を見せず、声を殺す彼女を。
(続)




