続き 2
小さく、つぶやく。
「零さんには、わかんないよ。あたしの気持ちなんて。」
その言葉どおりなら、自分が感じはじめた重苦しさは一体何なのだろう。
わかっている。
わかっていて、それが愚かさからくるものだとも知っている。
共感など到底できない、それだけのことだ。
「説明してみろよ。」
レイの手が、ピンクのクマをきゅっと握るのが見える。
顔をあげたレイは、もういつもの明るい目をしていた。
「だからね、これはノロイじゃなくてオマジナイなの。零さんにイジワルされても、クマさんがガンバレガンバレ、って。そして頑張ったあたしは、もっと可愛くなって、零さんの気持ちもわかるようになって、二人は末永く幸せにくらして、めでたし!わかった?零さん。」
バカだからこりない。
そう思ってしまうこともできる。
さっきまでのうつむいていた姿を忘れて。
クマを握った指の、かすかな震えも無視して。
その彼女を忘れることも、無視することもできない零には今、レイがただ強がっているのだとわかる。
零への想いをこめたオマジナイを、その当人に否定され、気持ちまで否定されたと感じているはずの彼女。
たった今も、きっとくじけそうなのだろう。
強がって、無理をするためのオマジナイ。
無駄な努力。
何も得られなくても、自分ひとりが損をしても、きっとレイは誰かのために笑っている。
愚かで、哀れな我が主に、零は腹が立った。
今の零なら命令一つで、何でも彼女のために手に入れてくることができるのに、彼女は何も望まない。
欲しいはずの零の気持ちさえ、ただ自然に自分に向くのを待っている。
命令なんかできない、したくない。
いつか彼女はそう言っていた。
零は、はっきりと覚えている。
実際、本当に困らせたりしないかぎり彼女はそんなものを持ち出さない。
そうしてくれた方がお互いに、どんなに楽か知れないのに。
零は何も考えず、“彼氏”の演技をしていればいい。
レイはただ、その幸せにひたっていればいいだけ。
悩まなくて済む。
苦しまなくて済む。
それは優しい嘘。
嘘で、いいのではないか?
厳しい真実よりも、優しい嘘のほうが・・・。
嫌がるだろう事は予測できていても、零はそれが正解だと思えた。
「わかんねえよ、回りくどすぎる。命令すれば今すぐにだって、俺は“彼氏”になってやれるのに。」
それが、
大嫌いだ
と聞こえた顔を、レイはしていた。
その顔で、零は全てが嫌になった。
アタマの中から、腹の奥から湧き出てくる、気持ちの悪い熱さ。
原因のわからない息苦しさ。
もう何度となく自分を刻んだ、冷たい刃が光る気配。
少し やりとり を間違うたび、こんな目にあわされ続けるのか。
こういう時の居心地の悪さも、凍える痛みも、そばにいるだけ大きくなっていく。
最近では、からかってもいつも面白いという訳でもない。
笑いかけてくるから、悲しい顔が気になる。
ちかくにいすぎるから、離れて行くのを感じる。
ならもう、笑ってくれなくていい。
無理をさせるくらいなら、いっそこちらが離れればいいのだ。
気持ちも、笑顔も届かない距離に。
考えがここに至った瞬間、おかしな感覚がおとずれた。
たとえるなら、デジャヴ。
くりかえす くりかえす くりかえす
頭の中で、自分自身の声がこだまする。
くりかえす?何を?
響き続ける意味のわからない警報を、零は無視する。
「俺は、お前の使い魔だと言っただろう。」
零は“彼氏”に変わり、レイに近寄る。
レイの表情が硬くなった。
「命令すればいいだけなんだよ、お前は。」
顔を近づける。
至近距離の瞳には、一面の拒絶がうつっている。
予測済みの反応。
かといって何も感じないわけではなかった。
それでも後戻りする気はない。
(続)