続き
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軽快なメロディーが部屋に鳴り響く。
レイのケイタイからだ。
充電中だったそれを手に取り、レイは話し始める。
「もしもーし。…え?あ、うんうん・・・」
楽しげに話すレイの顔の横で揺れているのは、ピンクのクマのストラップ。
20分ほど話してやっとレイが電話を置くと、零はそれを手に取り、ストラップをしげしげと眺めた。
「零さん、それ知ってる?」
レイが言ったそばから、零はクマの背中をあけようとする。
レイは慌てた。
「あっ、ちょ、ダメだよー!」
零は彼女に冷めた目をむける。
「どうせ俺の名前書いて入れたんだろ?お前、マジナイって漢字で書けるか?」
零からケイタイを取り返しながら、レイはそれに答える。
「知らなぁい。もー。零さん以外の名前かもしんないじゃん。勝手に見ないでよ。」
「ふふん、なら俺もせいせいする…まじない、ってのはな、“呪い”って書くんだ。」
レイが意外そうな顔をする。
「え、そうなの?えー、同じ字なんだぁ…えー…」
残念がる声をだすレイに、零は無表情に言う。
「だから、お前は俺にノロイをかけてることになる。」
レイは動揺する。
「えぇっ?そんな、そんなことないよー!」
「くくっ、やっぱり俺なんじゃねえか。」
あぅ、と小さくつぶやいてレイが下を向く。
「…俺に呪いはきかない。“悪魔”ってのはな、憎しみだとか恨みだとか、そういうノロイの元になるモンでできてるんだ。」
「違うよ?」
少し顔を上げたレイは、悲しそうでいて、だけどちょっとだけスネた表情をしていた。
「零さんに、かけてるんじゃないもん。あたしが、もっと勇気を持てるように、クマさんに応援してもらうんだもん。」
「は?」
「それにー、このオマジナイは、憎しみとかうらみなんて、全然関係ないじゃん。」
視線に少々の呆れをこめ、零は呪いの仕組みをさらに説明してやる。
「最初はな。だが、好きな相手がいつまでも振り向かなければ…変わってくるもんなんだ。自分を見てくれない相手を憎んでみたり、相手の恋人を恨んでみたり。本当にそんなもんが効くとしたら、その時だろうよ。」
零はピンクのクマを指差した。
レイはハッキリ不機嫌な顔をしている。
「そんなことないもん。あたしは、零さんを憎んだりしないし、もし…零さんに好きな人いるなら、応援するもん。その人とだって仲良くするよ。」
天使の好みそうな言葉は、零をいつも苛立たせる。
たとえそれを口にしたのが、気に入った相手であっても。
「いい人のつもりか?それじゃ欲しい物は全部誰かにとられてオシマイだ。ほんっとにバカだなお前は。」
レイがショックを受けた顔をしているのは、零の表情と声音が最早冗談を言っている時のそれではないからだ。
子供であっても ゆうな(ユゥちゃん) の方が余程賢い、と零には思える。
彼女と零の相性は悪くなかった。
あいつなら、ノロイを利用しても俺を手に入れようとするだろう。
他の女がいたなら消そうとする。
ためらわないはずだ。
ゆうな と主従契約を結びなおしたいと言ったら、応援するといったコイツはそれを許すだろうか。
本気だと言えば、もしかしたら。
零のアタマの中だけで行われた、レイを捨てるシミュレーション。
さっきの言葉のせいでうつむいている彼女は、それを知っているかに見えた。
(続)