続き 2
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とにかく、当分必要な荷物だけでもまとめろ、と一旦レイは御雷につれられ部屋へ帰った。
頭の中は零のことばかり、不安でうなだれるレイが部屋の鍵をあけようとすると、中からドアがあいた。
「おかえり。ん?零は、どうした?」
白い小さな顔を見て、レイは安心する。
「れ・なゆくんっ!ぇと、零さん、は…なんか帰っちゃった、お兄ちゃんのせいで。」
レイは横にいる兄を、不満げににらみつけた。
レイの視線をものともせず、御雷はいう。
「いたのか。なゆ太も帰ろう、お兄ちゃん車呼んでやるから。」
御雷が取り出したケイタイを、レイがパッと取り上げる。
「大くん呼ぶ気でしょ?タクシーじゃないんだからやめなよ!」
大、とはレイと御雷の幼馴染でランコントルにいる翔の兄だ。
レイは、御雷にたびたびタクシーがわりにされる彼にたしかに同情も感じていたが、今はどちらかといえば実家に連れ戻されることへの抵抗で彼をかばっていた。
「じゃ本物のタクシー呼んでやる、返せ。」
御雷は特にイイワケもせず、マジメな顔で言った。
こういう時の御雷には逆らえないと、レイは知っていた。
レイが嫌がっても、怒っても、泣いても、憎まれようとも、兄は自分の思ったようにしかしない。
それが、本気の御雷だ。
もうこの生活も終わりかもしれない、とレイが観念する。
不意に、なゆた が話しかけてきた。
「レイ、御雷はどうしたんだ。何で急に俺は追い出されるんだ?」
何も知らないふうを装っている。
彼の意図が読めたわけでもなく、ほぼ反射的にレイは答える。
「えーっと、何か、大きい零さんとちっちゃ、普通くらいの零さんが両方あたしとデキてて、ってなんかお兄ちゃんが勝手に怒って、ねぇそんなことないよね?なゆくん。」
最終的に、助けを求めていた。
そこへ御雷がかぶせ気味に口をはさむ。
「そういうことなんだ。フタマタはいけない事だから、オヤジと、かあさんに叱ってもらう。その間ここは誰もいなくなるから、なゆ太も一回家に帰れ。」
と、普段平気で二股三股する男は、子供にもわかりやすく説明した。
それを聞いた なゆた は急にうつむいた。
レイはピンときた。
御雷は心配する。
「どした、帰りたくないのか?それともレイの事心配してくれたのか?」
なゆた は、零はそんな可愛らしさなど みじん も持ち合わせていなかった。
ただ単に、芝居の幕が上がっただけだ。
レイは、なんとなくそれに気付いていた。
零は言う。
「…違うんだ、御雷。」
けげんな顔の御雷に、言いにくそうに零が言う。
長い身の上話、というフィクションが始まる。
「レイは二股してるワケじゃない。その二人は本当にどちらも零なんだ。」
本当のことを話すのか、とレイは心配する。
御雷は難しい顔だ。
零は二人を見ようともせず続ける。
「メガネは、レイと…付き合ってる方で間違いない。」
違う表現を使いたかったのか、単にそれを言いたくないのか、零は“付き合ってる”という部分を少しためらった。
それでも、レイの表情はだらしなくゆるんだ。
零の話は続く。
「あっちは、俺の叔父にあたる。」
レイは目をむき、御雷もピクリと眉を動かした。
そこからが本当に長かった。
デカくて髪の長い方は、自分の父だと彼は言った。
彼らは兄弟であり、兄の方が生まれたとき両親は何かの理由で経済的に追い詰められていた。
そこで、いろいろ考えた挙句、泣く泣く施設にあずけたというのだ。
その後数年して、弟が生まれた頃には余裕もできて、弟は親元で育つこととなった。
憎くて手放したのでない長男を、両親はできればひきとりたかったが、そのときには兄はどこかに養子として貰われており、取り戻すことはできなかった。
それでもその子を忘れられず、両親は弟に兄と同じ名前をつけ、大切に育てた。
大人になった二人が偶然再会したのは、ほんの数年前。
弟の方は、兄の話を聞かされていたから自分とよく似た男の名前を聞いて、それとわかったという…。
(続)