続き 6
「・・・スズキさんの目ってぇ、すごくキレイですねぇー。」
カウンターに身を乗り出して、さらにスズキに顔を近づけ、うっとりとした目をしてみせる御雷。
キスを誘っている、ように見えるのはきっちり計算ずみ。
レイの口真似も忘れない。
その性質は小悪魔なんてカワイラシイものではなく、悪魔そのものだが、残念ながら今のところ御雷は正真正銘、人間だ。
さっきから邪魔をしないように背景と化している零は、何の表情も浮かべてはいないのだが、良くやるよ、とでも思っているふうに見える。
実際、たしかにそう思っていた彼は、その光景に軽くタメイキをつく。
自分がしかけた事とはいえ、あんなにハマるスズキがあまりにも情けないのだ。
面白い光景ではあるし、予想通りでもあるのだが、長い長い腐れ縁の中で、多少相手を認めていた。
それが、オカマ相手にあのザマでは少々あきれてしまう。
と、ここで状況にちょっとした変化がおきた。
「ちょっとアンタ!スズキさんに何してくれてんだよ!」
さっき無視された女の子だ。
せいいっぱいドスをきかせた声を出し、御雷をにらみつけている。
「きゃっ、ご、ごめんなさい・・・」
これっぽっちも気にしちゃいないくせに、縮こまって見せる御雷の演技は、やはりなかなかのものだった。
このまま三角関係めいた寸劇を見物するのも面白いが、当初の目的からはそれてしまう。
軌道修正すべきか零が考えていると、おだやかでない声をききつけ、奥からもう一人の青年が出てきた。
「そーこちゃん、どした?お客さんにそんなクチきいちゃダメっしょ?」
「うっさいなー、あっちいけよヒサシ!あの女スズキさんにヘンなことしようとしたんだよ!」
ヒサシと呼ばれた、オタクっぽいさっきの長髪青年は、女の子、そーこちゃんをなだめようとしている。
が、青年のほうがだいぶ年上に見えるのに、全く相手にされていない。
それどころか、そーこ の剣幕に押されてしまい、口をつぐんでしまった。
「ちょっと、ケンカしないで、僕は大丈夫だから、ね?ほら、そーこちゃん、怖いカオしないで、ね?」
「だってだって、スズキさんあの女ぁ!」
「ミライさん、でしょ?ちょっと失礼だよ。」
やはり少々手を貸すべきか、と零は後からわりこんだ二人を排除しようとしたが、ふと妙におとなしい御雷が気になった。
見れば彼は、真剣なまなざしで、スズキを見つめていた。
おだやかな笑みを絶やさず、不満を訴える そーこ をやんわりとなだめ続けているスズキを、しばらくながめたあと、突然御雷は言った。
「なゆ太、帰っぞ。」
「何だと?」
低くつぶやいた御雷の声は、男丸出しだったが、幸いスズキは そーこ をなだめていて聞いていなかったようだった。
お取り込み中でこちらの様子に気づいていないスズキたちに、さっさと背をむけて御雷は出て行こうとする。
後を追いながら、零は問いただした。
「おい、御雷、どうした?こんなアッサリ引き下がるなんてお前らしくないだろ。」
いつもしつこいと思っているのが遠まわしににじんでいるが、御雷には伝わらない。
「なゆ太はさ、オコチャマだからわかんねーかもしんねーけど、お兄ちゃん、アイツは大丈夫だと思う。」
零を見下ろして、すこしゆがんだカオで笑った御雷は、なんだか泣きそうに見えた。
その表情は、彼には珍しく邪気のない、妹のために自分の痛みをこらえている、優しい兄そのものだった。
「・・・キメぇ顔。もういい、この役立たず。」
そのキメぇ顔を見て、御雷の気が変わらないことを悟った零は、冷たい言葉を吐き捨て、先に出て行こうとした。
「はは、なゆたんキビしー・・・」
力なく笑う御雷をおいて。
そんな零の目の前で、彼に反応したわけでもなく店のドアが開く。
「あ。」
と、声をだしたのはレイだった。
ちょうど店に入ってくる所で、はちあわせた。
「う。」
失敗したとはいえ、スズキに御雷をけしかけた現場で、レイと遭遇してしまった零。
ちょっと、ピンチだ。
零の後ろの大問題に、レイが気づく。
「あっ、あぁーっ!!お兄ちゃん!!!」
「よー、レイ。」
「ぁ、レイちゃ、お兄ちゃあーーーん?!!」
上から、レイ、御雷、スズキ。
ほとんど同時に飛び交ったこれらの声で、さらに自分に不利に傾いた状況を感じ、零は文字通りその場から姿を消した。
御雷の腕から逃げたときのように、姿かたちを変えてこの場から逃げ出したのだ。
軽い混乱に乗じて。
(続)