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居候日記  作者: narrow
68/95

13 じゃ なくたって

 「おい待て、今手前からとったろ。賞味期限は見たんだろうな?」

 短髪にメガネの“彼氏”スタイルの零に注意されて、レイがごまかし笑いをうかべる。

 「あ。えへへ…」

 零の持つ買い物かごの中の牛乳と、商品棚に並んでいるものを見比べ、そのまま戻す。

 「大丈夫だったよ。」

 機嫌よくレイは笑った。

 二人一緒にスーパーで買い物をしているのは、夕食の献立を考えるのに飽きた零の思い付きだった。

 ランコントルに顔を出し、レイにちょっかいを出そうとする男がいないかチェックして、ついでに買い物、というコース。

 レイはその行動の意味するところをなんとなく感じてはしゃぎ、零はそれを全く意識していなかった。

 確かめれば、共有しようとすれば消えてしまうだろう幸せを、とりあえずレイは自分の中だけで楽しんでいた。

 そして、こういう出来事は後日ランコントルのウエイトレス達や、スズキに垂れ流される。

 ウエイトレス仲間は正直ささやかすぎる幸せを、いっぱいに噛みしめるレイを理解できないと思いながらも、まあわりと暖かく見守っていた。

 スズキは零を知っているだけに、レイに負けないくらいそういう話を喜んで聞いてくれていた。

 零はそれを、せいぜい誤解させておけ、と笑うのだった。

 清算をすませると、店の名前がプリントされている大きなビニール袋に品物をつめこみ、零がそれを持つ。

 片手に荷物、もう片方は空いている。

 店を出ながら、チラッとそれを見たレイに、零が気付く。

 「ん。」

 空いた手を、差し出す。

 意外な展開に、店の出入り口でレイは立ち止まってしまう。

 差し出されていた手は、そのままレイの手をつかんで引っ張った。

 「そこに立ってると邪魔だ、行くぞ。」

 手をつないだまま、歩き出す。

 レイは戸惑う。

 嬉しいことは嬉しいはずなのだが、出来事に気持ちが追いつかない。

 「なんで?零さん。」

 呼ばれて、零はレイに顔を向け軽く笑った。

 「このナリん時は、“彼氏”だ。」

 一瞬、あっけに取られるレイ。

 すぐに思いっきり手を振り解いた。

 これには零が驚き、目を大きくして薄く口を開いている。

 レイは零をにらんで、思いっきり頬をふくらませた。

 「手なんかつないであげない!」

 自然な気持ちからでないことが、少し寂しくて。

 スネてしまった彼女に、零は呆れを隠そうともしない。

 「自分で物欲しそうな顔しておいて、何だ?」

 「それはー、そう、なったらいいな、って。思うだけなら自由でしょ?」

 早足でレイは歩き出し、歩幅の違いから零はそれに続いてゆったりとした歩調で歩く。

 「だから、そうしてやったんじゃねぇか。」

 レイが勢いよく振り返る。

 「“やった”ってナニ?そういうとこがムカつくんですーぅ!」

 語尾を嫌みったらしく、レイが言う。

 ケンカがしたいのではない。

 言い合いのカタチでじゃれるコミニュケーションだ。

 呆れたり、少しの苛立ちを見せることはあっても、こういうことで零が本当に怒ってしまうケースは まずない。

 レイは確信犯で、わざと零に食ってかかっていた。

 甘噛み、といったところ。

 零とは、今のところこういう会話が、一番距離を感じずにいられるのかもしれない。

 少しずつ縮めればいいんだから、と言い聞かせて、切なさから目をそらす。

 そして零の反論タイム。

 「ですーう、ってのもムカつくがな。だいたい、こっちはお前が喜ぶと思ってやってやったのに、何だその態度は。え?」

 割とまともな内容で言い返してくる零を、心の中でちょっとオモシロイと思いながら言い返そうとして、レイは気付いた。

 「え、まって。喜ぶ、と、思って?」

 零は憮然として答える。

 「あぁ。」

 そうはいっても、その喜んでいるのをひそかに笑うだけなのかもしれない。

 ただ喜ばせたい、というのは零の場合考えづらい。

 でも、考えづらくてもレイとしてはそれを期待し、信じたいと思った。

 確かめたら消えてしまいそうな、幸せの可能性。

 そうであってほしい、と祈りをこめて告白する。

 「いっしゅん、うれしかったよ?」

 零の瞳の中、彼の考えを探る。

 見つからないまま、再び差し出される手。

 「ん。」

 だるそうな音に、それでもレイは微笑み、手をにぎった。

 零がこのとき、レイと同じような気持ちであった可能性は、実は少なくない。

 なぜなら、後ろから忍び寄る怪しい影に全く気付かなかったからだ。

 「れーいー。」

 急に声をかけられ、レイは悲鳴に近い声をあげた。

 「きゃっ」

 反射的に素早くレイの手を自分の方にひきよせてから、声のほうに振り向いた零の動きはゆっくりとしすぎていて、“彼氏”の時特有の優しげな印象が邪魔をしなければウンザリしているのが誰の目にもあきらかだった。

 そこには、不機嫌な御雷がいた。

(続)

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