続き 2
俺は、この瞬間に決意した。
この俺の全力の演技で、悪魔としてのプライドをかけて奴らと勝負することを。
タダでスズキにいい思いをさせるのは、絶対にガマンならなかった。
素直になれないけれど、失いかけてはじめて気付いた友の大切さ。
それが俺の演技プランだ。
行くぞ。
まず、スズキはこちらの心が読める。
探りを入れられる前に、強い自責にかられた自分、を しっかりイメージして、そこに入り込む。
実際にスズキを傷つけたことで自分を責めるのは、俺には難しい。
今まで食ってきた人間たちの感情から、それらしいものを思い出し、分析して自分なりに再現する。
ここ数百年は出した覚えが無い本気の集中力で、そのシチュエーションに入り込んだ。
とにかく大事なのは悲しみと、“しでかした感”だ。
わざとらしくならないよう気をつけながら、わずかに目をふせる。
「そう思われても、仕方ないな。」
レイとスズキが、視線を合わせる気配。
恐らく、信用していいのか迷っているのだろう。
スズキが、口を開く。
「・・・僕のため、なんだよね?」
よりによってこの俺に、やさしさを期待した質問。
どこまでバカなんだ…と、こんな考えはダメだな。
俺は今“反省中”なんだ。
ナンテ コト ヲ シテシマッタ ノ ダロウ
心の中で“反省の呪文”を唱える。
その上で口にする言葉を選ぶ。
「それでも、腕がなければ自分では何もできない。みじめな思いを強いることは・・・。レイの言うとおり、黒くなっちまってるだけでも、“充分カワイソウ”だしな。」
「あ・・・。」
スズキは、その変色の原因を思い出す。
そうさせた本人の言葉は、自責に聞こえたハズだ。
しかもそれは治そうとして、つまり善意からの行動が裏目に出たものだ。
当然、実際の俺は助けてやったのだから反省などしていない。
遠まわしに恩を思い出させた上で着せてやっているわけだが、スズキは致命的に甘いヤツだった。
すっかりカワイソウなモノを見る目になって、変にやわらかい声を出す。
「零くん、やっぱり僕、君の言うとおりにしてみるよ。面倒かけちゃうかもしれないけど、甘えさせてもらう。」
カンタンすぎるが、それでこそ“天使”だ。
「そうか、お前がそのつもりなら、俺もできるだけ協力する。」
どうせ面倒を見るのはレイだ。
話がまとまったのに、スズキは困り顔を浮かべた。
「でも僕、変身苦手でさ。こんなんなっちゃったし、うまくあの状態に戻れるかどうか・・・」
想像力が足りないんじゃないか、とバカにしたいのをガマンして、俺は誘導してやることにした。
「手伝ってやる。目は閉じた方が集中できるだろう。」
スズキは、黙って素直に目を閉じた。
「まずは、元の自分を思い出せ。これは、さっきもできたな?」
「うん。」
そんな俺たちを、レイは珍しいモノを見る顔で、だが黙って見守る。
俺は、スズキの両肩に手をおく。
「あの時、俺はここからお前の腕を…落とした!」
軽く叩くと、急にその部分の感触がなくなる。
腕が消えた。
「できたじゃないか、ぁあっ?!」
褒めてやったのも束の間、出血が大サービスなことになっていた。
腕が落ちた瞬間を思い描いたスズキは、盛大に血をまき散らし始めた。
本人も気付き、動揺する。
「うわっ、うわあっ、どうしよ、うわあーっ!」
レイの悲鳴がかぶさる。
「いやぁあーっ!」
まるで事故現場だ。
血と悲鳴には慣れているが、ここは収拾しなければ何もできない。
俺はそれらに勝る大声を張り上げた。
「うるせぇっ!!」
すかさずスズキの傷口に、両側から手を当てる。
「血は俺が止めた!」
スズキはそれで正気を取り戻す。
「ぁ、あれっ?そうだ、そうだよね。」
血は消え、淡い光となってスズキの体に戻っていく。
“なかったハズの”出血だからだろう。
そうして、血が消えると元の変色した傷口が両肩に現れた。
「まったく…」
面倒なヤツだ、といいかけて慌てて口をつぐむ。
もう少し長くいい人の芝居を続けなければ、ウソがバレてしまいそうだからだ。
「ありがと、零くん。」
スズキが微笑み、俺は二つの意味で胸をなでおろした。
それでね、とスズキが俺の後ろを指差した。
「レイちゃん、倒れちゃったみたいなんだけど。」
今度はエンリョなく言わせてもらう。
「めんどくせえヤツ。」
他者と関わることは、本当にいつも面倒ばかり運んでくる。
・・・そうだ、面倒なんだ、僕を生かすのは。なのに、それでも“君”は、殺さない…
あのときのスズキの言葉が、不意によみがえる。
俺は、“忘れた”過去が気になっていた。
だから、それを知っているスズキを殺さなかった。
だけど今は、絶対に思い出すべきじゃない、とも思っている。
思い出すべきでないなら、スズキは、いらない。
なのに、それでも俺は、殺さない。
気絶しているレイの顔をながめながら、俺は言った。
「面倒だ、放っておこう。」
(続)