続き
「だいたい合ってるよ。」
答えたのはスズキの声だった。
「遅いお目覚めで。なんでそんな風になったか、覚えてるか?」
腕がないと起き上がるのも難しいらしく、スズキは勢いをつけて腹筋だけで体を起した。
「はっきり、ってワケじゃないけどね。・・・とりあえず、ごめん。」
表情は暗い。
「え?何で?何でケガした方が謝るの?」
レイにはワケがわからない。
「なんでもいいだろう。」
過ぎたことだった。
殺そうとした、のは俺の記憶がそうさせたせいで、肝心のその理由は“思い出して”いない。
思い出したくない気がする。
俺が流そうとした質問に、スズキが答える。
「僕がいけなかったんだ。僕が、彼を殺そうとしたから。」
「え」
レイは不可解そうな顔をする。
ふだんのスズキを知っていれば、信じられるはずがない。
「正確にはお前じゃない、俺の“影”だ。」
うつむいていたスズキが、さっと俺の方を見る。
「違う!影なんかじゃない、あれは、記憶だよ。・・・大切な、だけど・・・。」
強く打ち消したのは一瞬で、だんだんと声に力がなくなっていき、それから遠慮がちに、ほんのわずか寂しげに、笑った。
「まだ、思い出せない?」
「あぁ。」
「そっ、か。」
残念そうに、それでいてわかっていたようにいうと、スズキのカラダ全体が淡く光った。
身体を復元しているのだろう。
だが。
「じゃ、僕は失礼するね。」
と、出て行こうとするスズキに、とりあえず俺はわかりやすいところから指摘をしてやった。
「おい、お前 透けてるぞ。」
復元するにも、材料が絶対的に足りていないのだ。
腕も翼も、パーツとしてはデカく、俺に比べれば大した力をもつわけでもないスズキの存在の3〜4割は食ってしまう。
それを景気よく空気の中へ放ってしまった上に、もう一度、腕だか翼だかよくわからないモノを生やし、それも失っている。
記憶がはっきりしないだけあって、ダメージの計算ができていなかったのだろう。
それで、“元通り”に戻ろうとしたものだから、結果として半透明になってしまった。
「ええっ?ウソッ!」
驚いて声をあげるスズキに、俺はさらにツッコまねばならなかった。
「なんで胸かくすんだ、バカ。それから、鏡見ろ。」
レイの使っている卓上ミラーを差し出す。
「うわぁナニこの顔!何、って、手ェー!」
顔も、腕も、俺が治した部分には、黒々とアザがグロテスク極まりない模様を描いている。
「お前がああなってたから、俺の力でも応急処置くらいはできたが、相性が悪かったみたいでな。それで外に出る気か?少なくともしばらく店には出れんぞ。」
さっきから俺たちのやりとりを、心配そうに見守っていたレイがそこに入り込んでくる。
「あのね、ウチ、いてもいいですよ?」
笑った彼女から、スズキは腕で顔を隠した。
「み、見ないでっ!あぁ、僕どうしよう、あー、あーもお・・・」
その悩み方が、うっとうしかった。
俺は面倒になり、レイに説得を任せることにした。
目が合うと、レイはバカなりに空気を読んだ。
「もう遅いですーぅ、しっかり見ちゃったし。ね、元に戻るまで、ウチにいましょ、スズキさん。ね?」
自然に、スズキの奇妙な模様のついた手にレイが手をのばす。
つきぬけた。
「え?!」
「あっ。」
驚くレイとスズキ。
「人間がさわるには密度がたりないんだ。わかったら戻れ、腕が無い方がケガ人らしい。」
あきれた俺がそう言ってやると、レイがフォローのつもりなのか、スズキに言葉をかける。
「あのっ、大丈夫です、あたしスズキさんなら怖くないですよ!」
別に死んでるワケじゃないから、怖いはずもないのだが、バカなりのケナゲなセリフにスズキは少し笑って、また光った。
「って、あれ?何か・・・」
そこに現れたのは、腕のないスズキではなく、模様が浮かんだ腕を持ったまま、少年の姿に変わったスズキだった。
俺は
「不正解。」
と言って鏡を差し出した。
「わぁっなにこれ!なんでぇ?」
「俺と同じだ。」
足りない力の分、縮んだということだ。
「あそっか、そうだよね。」
「やーん、スズキさんかわいーっ。」
顔、腕の変色をモノともせず、レイが金髪の美少年に食いついた。
スズキはスズキで、舞い上がってだらしなくニヤける。
「え?えへ。じゃこのままでもいっかな。」
俺は素早く反対意見をはさむ。
「いいわけないだろう、それじゃロクに同情を引けんぞ。」
いつまでも弱ったまま、ここに居られても困る。
というよりも、それでは みっともない姿をレイの前でイジり倒して楽しむことができない。
スズキがムッとした顔をする。
「同情じゃないもん。思いやりだもん。慈愛だもん。」
“可愛い”スズキを、レイが甘やかす。
「このままでいいよー、かわいいし、それに黒くなってるとこ、充分カワイソウだよ?」
少し考えて、スズキは気づいてしまった。
「ねえ、君もしかして、ケガした僕をからかって遊ぼうとか思ってない?」
レイも
「あ。」
と言った後、非難のこもったまなざしで俺を見てきた。
(続)




