12 面倒
実体がある状態で気絶したスズキは、ドアを通り抜けることができない。
俺はドアを足でガンガン蹴りつけた。
部屋から出てきたレイは、元の姿に戻った俺がスズキを抱いて立っている光景に、ぱかんとクチをあけたきり、数秒絶句していた。
「それ、スズキさん?」
やっとのことで出てきた言葉が疑問形なのは、スズキの上半身が俺の“出した”ジャケットでくるまれているせいだ。
それでもカラダの大きさと、少しのぞいたストレートの長い金髪でだいたいわかる。
そもそも、俺はコイツを探しに出たのだ。
「ああ。」
答えて、キッチンの床に放り出そうとすると、レイが慌てて止めた。
「ちょっと!何でそこ?ちゃんとベッド連れてってあげてよ!」
不本意だが、仕方ない。
「舌打ちしたでしょ。」
レイが顔をのぞきこんできたが、俺は少々の抗議をこめ、目をそらした。
スズキをベッドに転がすと、俺はいつもどおり子供の姿に変わった。
部屋の狭さが、それでだいぶマシになる。
「ひゃっ・・・」
レイが小さく悲鳴をあげた。
転がしたはずみで、スズキにかけておいたジャケットがはだけたのだろう。
「零さん、これ・・・」
恐怖、混乱、憐憫が同時に強くレイの顔に浮かぶ。
「俺が痛めつけて、俺が治した。」
「治ってないよ!」
説明と同時にツッコミが返ってきた。
「待て待て。」
「きゅきゅきゅ救急車!!ヒドイよ零さん!ヒドイ!!」
レイが携帯に手を伸ばす。
「だから待て!」
大きな声を出したのは、泣きそうな顔にイラっときたせいもある。
「暴れたから仕方なかった。それに、人間じゃないのは知ってるだろう?救急車なんか呼んでどうする気だ。」
少し迷ってから、救急車を呼ぶことを諦め、レイは携帯を置く。
「だって・・・でも、何もここまで・・・」
スズキのほうに向き直り、悲しげにその眠る顔を見つめる。
「スズキさん・・・」
青黒い頬に、そっと指先で触れた。
俺はそれを注意深く観察する。
思っていたとおりだった。
何も気付かないレイを、からかうフリをする。
「キスでもしてやれよ、目をさますかもしれないぞ?」
レイが、キッとこちらをにらんだ。
「ふざけてる場合じゃないでしょ?」
かなり怒らせたようだ。
「いいから、ちょっとやってみろ。」
俺の言い方で、何か感じたのかレイは怒りをおさめた。
ためらいがちに、スズキに顔を近づける。
「・・・ぅん、じゃ、えと・・・やって、みるよ?」
俺はうなずいた。
ゆるくウエーブのかかったレイの髪が、スズキの顔にかかる。
俺の方からは見えづらいが、頬にしたのだということはわかる。
「おーい、そこじゃないだろ?」
振り返ったレイの顔が、少し赤い。
「あってるもんっ、友達なんだからっ。」
必死なのが面白い。
俺はわざと何でもない口調で、さらにからかう。
「前にもしただろ、もう一回くらいサービスしてやれよ。緊急事態なんだから。」
スズキが俺をたきつけようとして、目の前でそんなことをしてくれた過去がある。
きゅうっとレイの眉尻が下がり、困惑全開の表情になる。
「ちっがーうもんっ、あの時はギリギリで止めてくれたのー!お芝居だよ、知らなかったの?」
知らなかった。
俺、カッコ悪くないか?今。
・・・そういう時は、ゴマカすに限る。
俺は全く動揺などしていないフリで、視線をスズキにうつした。
ちょうどよく、変化が現れていた。
「見ろ、レイ。」
「え?」
黒ずんでいたスズキの顔が、部分的にだが やや青みの残る肌色にまで戻っていた。
「ウソ、なにこれ、どーゆーこと?」
軽くパニクっているレイに、俺はさっきまで仮説でしかなかった自分の考えを話した。
「コイツらにとって、同情はエネルギーになる。コイツとお前はオトモダチで、その結びつきの分大きなエネルギーが期待できる上に、お前はコイツにとっちゃ“好きな相手”で、その力は特別なものだろう。だから、コイツの世話は、お前が適任なんだ。今見たようにな。」
そんなことを言われて、急に信じるのが難しいのかレイはぽかんとしている。
「そう、なの?」
(続)




