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居候日記  作者: narrow
63/95

続き 6

 このあたりは、広範囲に向けてスズキが無差別に飛ばした暗示のせいで、零たちを見て立ち止まる者は居ないはずだった。

 零は不審に思いながら、相手を確認する。

 それは、本当に“影”そのものだった。

 黒く細長く伸びた、零の“影”。

 たまたま遠くガラスに映りこんだモノとも思える、不鮮明でぼやけた姿ながら、目の前にいる。

 ほとんどのチカラを使いきって、存在を保つのがやっとなのか、わずかな空気の流れにさえ、ゆらめいた。

 「“影”…。俺、かよ・・・」

 天使が悪魔につかれる、というのはレアなケースに思えた。

 それよりも何よりも、自分の一部がスズキをあんなふうに狂わせたことに、零は驚いていた。

 その影と思しき声が、アタマに響く。

 

 違う。俺は、記憶。

 

 「記憶?」

 今日初めてではないフレーズを、零は疑問形で繰り返した。

 

 お前が封じ込めた、記憶。

 ……と、共有する記憶。

 

 “スズキ”、ではない、それでもなぜかスズキの事だとわかる名前の部分だけが、聞き取れなかった。

 そこに入る名前も、また封じ込められた記憶の中にあるのか。

 

 そして俺は、お前の死を望む、“俺自身”

 思い出せ。

 

 「俺に自殺願望はない。」

 零が言う間に、影は大きくゆらめき、姿を変えた。

 やはり不鮮明ではあったが、見覚えはある。

 いつか見た、レイに似た女。

 ぼんやり、笑っているのが見えた。

 

   つくん。

 

 とてつもなく まがまがしい刃の切っ先が、胸の奥を軽くつついた。

 だめだ、さわるな。

 「来るな、お前は、いらない!」

全く原因のわからない、恐怖に似た感情が零を支配した。

 今までに覚えのない感覚。

 消えそうな影に、零は怯えていた。

 

 思い出してよ。

 

 影が、女の声でしゃべった。

 知らない声だ。

 こんな女は、知らない。

 

 全部、忘れちゃったの?

 

 女が、涙を流す。

 胸の奥の刄が、食い込む。

 呪いが、しみだす。

 唇を震わせ、零は何も言えない。

 涙だけが、なぜかはっきり浮き上がって見えた。

 細く淡く、朱のすじが混じったと思うと、見る見る涙は血にかわる。

 

 忘れて、なかったことにして、繰り返すの?

 

 クチから、鼻から、髪の間から。

 赤い、幕が降りる。

 彼女の全身が赤く染まる。

 ぐらり、と彼女の身体が零にむかって傾いた。

 倒れる、と零は思った。

 これは影で、あれは本当の血じゃない。

 この影は、何か忌まわしいモノ、忘れるべくして忘れた記憶に違いない。

 いらないモノだ。

 わかっていた。

 全てアタマではわかっていたのに、真っ赤に染まった彼女を抱きとめていた。

 

 ほら、もう

 

 女の声が言う。

 彼女の身体が赤黒い霧にほどける。

 

 思いだしはじめてるんだ。

 

 自分の声。

 その言葉に気をとられた一瞬で、みずからを“記憶”と言っていた影は、全て零のなかに戻った。

 身構えたが、肩透かし。

 何も起こらないし、思い出さない。

 だが、封じ込めた、らしいそれが解き放たれたとき、自分は死をのぞむのだろうか。

 零は、ついさっきまでソレに とりつかれていたスズキの、今はなんの表情も浮かんでいない顔に視線を落とす。

 答えはない。

 その時が来るまで、わかりはしないだろう。

 「・・・じゃ、帰るか。」

 見苦しいことになってしまったスズキの上半身を隠すために、チカラを一部、ジャケットの形にまとめる。

 子供の身体ではスズキを運ぶにムリがあるから、“元の姿”に戻る。

 ジャケットをかぶせた状態で運ぶためには、…お姫様抱っこが一番安定していた。

 すごくきもちわるい。

 この借りは、ゆっくり返してもらおう。

 零は、周りの人間たちが暗示から完全に解放される前に、夜空とよく似た色の翼を思い切り広げた。

 腕の中で、金色の髪がさらさらと揺れる。

 スズキの体は重く、温かかった。

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