続き 4
“耳”を使うのはあきらめ、スズキの思考を意識した。
ころして。
ぎくりとして、零は一瞬スズキからわずかに意識をそらした。
汚れ、ゆがんだスズキの顔を、あらためて見つめる。
翼も両腕も失くし、そこから血はふきだし続け、地に這いつくばり、その姿はみじめで、今にも死にそうだ。
それでも、本当は今すぐこの場から逃げる事ができる。
零は今、スズキの動きを制限するような力はいっさい使っていないからだ。
なのに、彼は死を望む。
鼻からあごにかけて腫れ上がって変形した顔の、いまとなっては目だけに表情がよみとれた。
底知れない悲しみ、何もかもを呑み込む諦念。
最後の一撃をうながすように、スズキが目をとじ、涙がながれていく。
抵抗の気配はない。
「いったい、何があった。」
きょう何度目の質問だろう。
そして、何一つコイツは答えない。
零はイライラしたが、これ以上何かすれば本当にスズキは死んでしまいそうだった。
答えない彼の心をさぐる。
お前は、思い出さない。
殺せないなら、僕に救いはない。
なら、死だけが僕を救える。
この辛い記憶から、解放されるんだ。
「記憶って・・・なんだ・・・」
なにか思い出せそうな、だけどどうしてもわからない、あの感覚。
零が考え込んでいる間に、わずかな物音がしてスズキの体から力がぬけた。
気絶したらしい。
本当に人間に似たその弱さに、小さく舌打ちすると零は彼の前髪を乱暴につかみ、顔を引き上げた。
「起・き・ろ。」
まぶたを閉じたままの顔にただよう、儚さ。
流れ続ける血。
ほうっておいても、死ぬ気がした。
傷をふさぐなら、同じ天使じゃないとうまくいかないだろうな。
そう思ってから気付く。
今のコイツは、天使じゃない。
俺の力でも、同化できるかもしれない。
傷口をふさぐイメージで、力を注いでみる。
思ったとおり、ひとまず血は止まった。
腕を再生してやるのは、パーツの割合が大きすぎて いくらなんでも負担が大きかった。
とりあえずこれで死ぬこともないが、拒否反応だろうか。
傷口は黒く変色し、肉が盛り上がった表面は いぼが重なり合ってできたかと思うほどにでこぼこだった。
「み、醜い・・・」
思っても見なかった副作用に、零は思わずつぶやいた。
それでもとにかく、一応の危機は去った。
つかんだ前髪ごと、スズキの頭をゆらしてみる。
「おー・・・い。」
かくかくかく。
「・・・」
取れても、治せるしな。
零は思った。
跡のこるけど。
がっくんがっくんがっくん。
激しく高速で腕を前後させる。
「あぐァ?!…あー…」
今度はわりとすぐに反応が返ってきた。
だらしない発音からすると、蹴った時にアゴをこわしたようだ。
ついでにコレも治しておく。
「アうっ…がぁ、ぃたっ…何を?」
どうやら悪魔同士と言っても、やはり性質が全然違うらしく、確かにケガを治してやることはできたのだが、跡は残るわ痛いわで、あまり具合はよろしくなさそうだった。
今度は顔面の下半分が、青黒いアザになった。
「んー、形、は、戻った。」
零の言葉で、スズキは自分の体の変化に気付く。
「治した、のか?」
「多少。」
一瞬驚いたスズキの顔が、みるみる怒りにそまる。
「殺せばよかったのに!忘れてたいんだろ?なら殺せ!」
また同じことを言い始めた。
「だから何のハナシだ!」
話が見えず、零は苛立つ。
「俺が忘れてんなら教えろ。それから、殺せ殺せってな、じゃそうしたら俺はレイに何ていえばいい?あ?!うまいイイワケがあるならそれも教えてくれよ、なあ!」
逆に零の方から責めると、スズキはうつむき、苦しみだした。
零のつかんでいた髪が引っ張られ、何本も一度にぞろりと抜けてスズキの頭部は自由になった。
痛いはずだが、本人は気づいてさえいない。
荒くなった息の間から言葉をしぼりだす。
「ち、が、…君、嘘つき、イイワケ、なんて…」
背を丸め、全身をこわばらせる。
「おい…?」
性質の違いすぎるチカラが体に入ったことが、毒として作用したのか。
他愛ない会話の中でいつも見ている、少しスネた顔が不意に思い出され、一瞬で かき消える。
消えていく。
(続)