続き 3
「っ!」
零はわずかに眉をよせた。
肩が焼ける。
スズキの掌から直接伝わる殺意は、物質的な零の体ではなく、実体を持たない彼そのもの、存在自体を否定し、反発し、それを消そうとする。
スズキがしていたように、一度カラダをほどいて逃れることは、今はできなかった。
逃げるとすれば、相手の殺意にとらわれている部分を捨てることになる。
普通の生き物で言えば、その部分の肉をごっそりこそげとられるのと同じだ。
それよりは、力ずくで引きはがす方がはるかに損害は少ない。
痛みを感じた怒りのまま、零は背から翼をくりだした。
零の頭越しに伸びた翼が垂直にスズキに振り下ろされる。
が、彼を斬ることはない。
翼が、スズキの肩に食い込む。
「くっ!」
刃といえるほどの鋭さはなくとも、速度が圧力となってスズキの肩を破壊した。
明るい色合いの服が、見る見る血に染まる。
肩は、不自然なところで曲がり、崩れたラインを描く。
骨が砕けたのだろう。
本当はないはずの骨格を再現しているあたり、ものの感じ方だけでなく、スズキは何もかもがどこまでも人間じみていた。
人外のくせに、これじゃ心臓の位置を一突きすればカンタンに死んでしまいそうだ。
苦痛の中で、零はチラとそんなことを考えた。
スズキは、零の攻撃のショックでより強く彼の肩をつかんだ。
そこから流れ込む殺意も増す。
余計なことを考える余裕がなくなる痛みが、零の全身を駆け巡る。
こんなときに、痛覚をオフにするのは一見便利そうでそうでもない。
ダメージの深さが、知覚できなくなるからだ。
今のところ、零は捨て身で戦ってもいないし、フシギと、ここに至ってもスズキを殺して終わりにする気もなかった。
だから、どれだけやられたかは知っておく必要があった。
本当にマズそうなら、手加減もしていられない。
零の肩が、ぐずりとくずれた。
その分だけ、スズキの手が零の中にめり込んでいく。
「ぐっ・・・ぅ・・・」
零が、
「うっ、あぁっ・・・」
スズキがうめく。
肩が崩れても、零の手は動いた。
カラダから離れたとしても、必要なだけの集中力があれば、それは可能だ。
零の手が、妙に低い位置からスズキの腕をつかみ、押し上げる。
それにつれて、肩の位置も戻っていく。
お互いに、真っ赤に焼けた鉄でつかみ合いをしているようだった。
「ぐァうっ!」
スズキがほえる。
銀翼が左右から水平に、零を襲った。
ドンッ。
振動をともなって、地面に黒い翼が突き立つ。
スズキの両肩、両翼を落として。
零は、もう苦痛の表情を浮かべてはいなかった。
叫びながら、ヒザから崩れ落ちていくスズキを、ただ見ている。
切り落とされた腕も、翼も、少しの間その形を保っていたが、やがてゆっくり空気に溶けていった。
光ってもいない、影にも見えない、その溶けていく姿は煙に似ていた。
本当なら、本人が戻そうと思えばそれは元通りにつけることもできた。
大怪我に錯乱して、叫びながらのたうち始めたスズキが正気であったなら。
クチからよだれをたらし、顔は己の血と涙でぐちゃぐちゃだった。
肩から胴体の一部にまで及ぶ切断面からは、どぶどぶ勢いよく血が出ては乾いて、少しずつ空気に溶ける。
これも、本人がおちつけばすぐに止まるものだった。
グロテスクでみっともない姿と、狂気をふくんだ悲鳴は零を大いに誘惑した。
このまま、もっと。
それを振り払うと、零は地面に頬擦りするかのような動きをするスズキの顔を、思いっきり蹴り上げた。
「しっかりしろ、スズキ。」
心配していたレイをごまかすのなど、本当はカンタンだ。
それでも、彼は悪魔としての本能を、この一蹴りでおさえこんだ。
なぜだかは、わからない。
何かを思い出せそうで、思い出せない。
スズキの瞳の色が、頭をよぎった。
わからない、何か。
俺はそれを知りたいのかもしれない。
そんな思いで。
ぐちゃぐちゃのスズキの顔に、さらに鼻血が加算された。
少々歪んでしまった顔は、もう笑えるレベルではなくなっていた。
その顔を見ながら、零は考える。
レイがいて、俺がいて、コイツがいて、その“あたりまえ”を、俺も少しは望んでいるんだろうか。
スズキの口元が、がくがくと揺れた。
しゃべれないほど、痛めつけてしまったか。
(続)