続き
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「ブレイブのヒトがね、無断欠勤もう三日目って、心配してて、でも手が足りなくなっちゃうから、新しいヒト探そうかって。」
帰ってくるなり、レイは自分自身ひどく心配そうに、スズキがいなくなった事を話し始めた。
零は、眉一つ動かさない。
「そうか、大変だな。」
一応、話を聞いていた事だけは伝えておこうと、返事はする。
その態度に、レイが軽くキレた。
「何ソレ、心こもってない。心配じゃないの?」
零は相手にしない。
「あいつはガキじゃない。」
そう言う彼の見た目は子供だが、面白がる場面でもなく、レイはさらに言いつのる。
「だって無断欠勤だよ?もう三日なんだよ?いるのに仕事しないことはあっても、来てないなんてスズキさんらしくないよ、何かあったんだよ!」
一人焦り始めたレイに、零はなかば叱り付ける調子で返す。
「あったら何だ、俺が何かしなきゃならないのか?」
「友達でしょ?」
「違う。」
「ちがくない!だって零さん、嫌いなら相手にしないもん。」
レイは顔を赤くして、目をうるませている。
対する零は、声にけだるさがにじむ。
「あっちが突っかかってくるからだ。」
「もういいよ、じゃ勝手に意地張ってなよ。あたし、ちょっと探しに行ってくる。」
レイは、何を言ってもダメだと思ったらしい。
「メシは?」
「あとでいい。」
玄関へ向かうレイは、零を振り返ろうともしない。
「どこを探す気だ?」
靴をはくレイに、零が問う。
「いろいろ!」
珍しく、レイの声が苛立っている。
「俺が行く方が早い。」
「え?」
ドアノブに手をかけたレイが振り向くと、もう零の姿はそこになかった。
気温の下がり始めた薄闇は、気体となった零自身が世界を覆っているようだった。
まさしくそんな具合に、零はほどいた自分を意識できるギリギリの範囲まで広げ、暑苦しくて面倒くさい、よく知る気配を探す。
こうして探さなければ、スズキが実体をほどいていたらレイたちにはわからない。
ヒトや動物以外のおかしな気配はいくつかあるが、覚えのあるものではなかった。
気付かれる前に一瞬でその範囲から移動する。
零たちの部屋の周囲にも、ブレイブ周辺にもいない。
なら、あそこはどうだろう。
零はさらに移動した。
夜とは言っても、町には明かりがあふれている。
その中で、ゆっくりと、よく見なければわからないほど、ほんのわずかに明るさのトーンを変化させている店があった。
明るくなったり、薄暗くなったり、しかしその差は、気のせいと思えるほど。
ランコントルだった。
そこに零は、スズキの気配を感じていた。
少し違和感のある、それでもよく知っている気配を。
おそらくスズキは、零と同じように気体化しているのだろう。
目標を探り当てると、目立たない場所を探して零はいつもの姿に戻る。
彼は、今見ている光景に疑問を感じていた。
なぜランコントルは、明るくなったり“暗くなったり”しているのかと。
零やスズキは元々実体のない、思念だけが集まってできた生き物だ。
食性の違いから、“天使”や“悪魔”と呼ばれ、彼らが気体としてただよっているとき、その場所の明るさ、暗さに影響をおよぼすことがあった。
天使がいれば明るく、悪魔がいれば暗く。
わかりやすいが、人間は気付かないことがほとんどだ。
したがって、ここにスズキがいるなら、ランコントルは他の場所より明るく見えなければおかしい。
こんなふうに明暗をいったりきたりしているのは、“天使”の存在自体が点滅しているのかもしれない。
“天使”の寿命というのはこんなふうに、電球みたいに切れるのだろうか、と思いながら零は呼びかけた。
「スズキ?」
ごく細かい粒子の打ち上げ花火を逆再生して、光が零の前に集まる。
それが消えると、そこにスズキが立っていた。
(続)