表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居候日記  作者: narrow
56/95

続き 4

 勝手にドアをあけると、少し奥にド金髪の中年男が見えた。

 ランコントルの店長、五月女さおとめだ。

 ここのキッチンを仕切り、ケーキもほとんどは五月女が作る。

 全て一人で、というわけでもないのだが、いない日は全てのメニューの仕上がりに微妙な影響がでて、客の中にはそれに気付くものもいた。

 五月女が零を見つけ、声をかける。

 「ああっ、お客さん、こっちから入っちゃだめだめ。表まわってね〜。」

 「あ、違います。俺、レイを迎えにきました。」

 「あー、彼氏さんかぁ?」

 五月女は、油断しきった笑顔を見せる。

 見るからにダマしやすそうな男だ。

 「俺、零って言います。ゼロって書いて、れいです。」

 "彼氏の零"を印象付けるため、自分から名乗る。

 会ったことはない男だが、零の評判くらいは知っているだろう。

 零がメガネをはずそうとすると、予想外の反応が返ってきた。

 「へえ、苗字は?」

 五月女は、まだ笑っていた。

 何気ない一言に、零は一瞬凍りつく。

 今まで、上の名前などきかれたことがなかったからだ。

 下の名前がレイと同じ音だから、上も気になった。

 きっとそんなところだろう。

 こんな何でもない質問で、あまり間をあけるのは不自然だ。

 零はとっさに、よく聞くありふれた名前を口にしていた。

 「 サトウです。」

 髪も黒いし、顔のつくりもそんなに濃くはない。

 瞳はカラーコンタクトだとでも言ってしまえば、スズキほど不自然ではなかった。

 「へー、サトウくんか。待ってな、レイちゃん呼んでやるよ。」

 にこにこと五月女は奥へ行こうとするが、今思いついた名前をレイが知るはずがない。

 零は内心慌てながらも、平静を装って止めた。

 「いえ、すぐ来るハズですから。あと、俺のことは零って呼んでください。」

 「なんで?」

 悪気なく聞き返してくる、五月女の鈍感そうな顔が零には腹立たしかった。

 イイワケを考えなくてはいけない。

 「自分の苗字、キライなんです。すごく平凡だから。」

 クチからでまかせだが、五月女は笑って同意した。

 「あー、あるよなあ。オレもだよ。五月女、っていうんだけど、オトメって響きがキライでさー。

だからオレは、太市って呼んでくれ、零。」

 「はい、太市さん。」

 取りつくろえた安心感も手伝って、零は自然にほほえんだ。

 また記憶を操作しそびれたが、この男にもその必要はなさそうだった。

 そこへ、ちょうどよくレイがやってきた。

 「あ、零さぁん」

 あのまま帰ったと思ったらしく、意外そうな顔をしている。

 「おつかれさま。」

 優しく零が笑いかけると、レイは誰が見てもトキメキてんこ盛りのとろけそうな表情をうかべた。

 五月女が不器用に気を利かせる。

 「おっ?オレ、お邪魔〜?ははっ、じゃあな二人とも〜。」

 「あ、おっお疲れ様でした!」

 その声で正気に返ったレイを外へ追い出し、五月女は笑いながらドアを閉めた。

 バタン、と音がした瞬間 零の顔から笑顔があとかたもなく消え、レイは残念がる。

 「ああっ、“優しい零さん”が終わっちゃったー。」

 それに対して零は、特に不服そうにするでもなく無感情にはき捨てる。

 「なんだそりゃ。ほら、帰るぞ。」

 さっさと歩き出す。

 「はぁい・・・でも、ホント変に優しくて、ドキドキしちゃった。あは。」

 嬉しそうにレイは笑った。

 「嬉しそうにしていていいのか?これでお前に本物の彼氏とやらはできなくなった。永遠にだ。」

 言いながら、何かおかしい、と零は思う。

 「え、それって、なんか。」

 夢見がちにうるむ、澄んだ瞳。

 コイツが見ている俺は、本当の俺じゃない。

 俺が何をしてきたか、知らない。

 自分をつけまわしたストーカーが、誰に、どんなふうに殺されたのかも。

 たとえば血まみれの俺を、コイツはどんな目で見るだろう?

 そんなことを考える、俺は、おかしい。

 本当の俺じゃない、俺。

 その俺に笑いかける、レイ。

 からかって、だまして、楽しいハズなのに、楽しくない。

 気分は口調に影響し、必要以上に突き放した言い方になる。

 「そういう意味じゃない。一生独身決定ってことだ。」

 レイは眉をひそめ、スネた表情になる。

 「・・・零さんがいてくれれば、いいもん。」

 「俺は彼氏じゃない。」

 人間ですらない、お前たちの敵だ。

 お前たちを殺すこの手に、本当の俺に、お前は抱きしめられたいとは思わないだろう。

 「今は、そうかもしんないけどお。」

 存在に隔たりが、ありすぎる。

 「今も、これからも、ずっとだ。」

 悲しい顔をするレイから、俺は目をそらす。

 「俺は、ヒトじゃないんだからな。」

 「知ってる、でもいいの。」

 すかさず反論した彼女の心は、俺しか見ていない。

 はっきりそれがわかる。

 こんな時、ふだんなら感じるハズの優越感が、今はやってこない。

 かわりに訪れた、胸の中のもう一人の自分を、誰かが抱く感覚。

 その腕は刃。

 切り裂かれる。

 流れ出していくのは、血じゃない。

 リアルじゃないくせに、リアルすぎる痛みが幾重にも勝手な軌道をとって俺を貫く。

 俺を抱き、刻むのは誰だ。

 俺自身とも、見知らぬ誰かとも思える。

 寂しく笑うレイの笑顔が呼んだ、得体の知れない俺の一部。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ