続き
「そういやお前、何しに来たんだ?」
「君が言うかぁ?!」
ハナシをさせてくれなかった張本人の言い草に、スズキのガマンも限界を迎えた。
「もーアタマきたっ!」
テーブルの横にまわりこみ、零の隣に来ると肩だの背中だのをどっすどす叩く。
ぶっとい腕の攻撃力は、決して本人の顔つきや性格のようにヌルくはない。
「うぉっ、重っ、わかっ、たっ!きくっ、からあ!」
振り下ろされるたくまし過ぎな腕を、あまりにもきゃしゃな零の手が なんとかキャッチすると、やっとそのささやかな暴力行為は止んだ。
「…なんで殴ってる方が半泣きなんだよ。」
「君が、なんっっっにもわかってくれないから!」
「何をだ?そこを言わなきゃわからんだろう。」
うっかりいらんこと言う零。
「だからっ!言おうとすると君がっ!」
押さえる手を振り払って、再度バイオレンスモード突入。
「聞く!今度は、ちゃんとっ!な?」
攻撃を受け止めつつ、真剣な声色でなだめてやると、やっと暴力ループから抜け出すことができた。
「じゃ、ちゃんときいてよ?」
のそのそ元の位置に戻りながら、スズキは釘をさした。
「…レイちゃんがね、今後あまりランコントルに来ないでほしい、って。」
「なんでまた。」
うつむいて話すスズキに、頬杖をついた零が興味もなさそうに合いの手を入れる。
「それが、僕も気にしてはいたんだけど、その、周りが、うるさくて、ね。」
その先をいいにくそうに、スズキはさらに下をむく。
「うるさい?」
いぶかしげに、零が問う。
「…前、いわなかったっけ?みんなが、僕とレイちゃんを…くっつけようとするって。」
「ああ」
そういうことか、と零は納得した声を出した後
「勝手にくっつきゃいいじゃねーか。」
と言って笑った。
「やめろよ、そんな事思ってないクセに。」
スズキの声は、少し怒っている。
「別に構わない。お前だってあいつの為ならどうなっても構わない、だろ?」
挑発的に零が笑顔をうかべると、スズキは嫌悪感をむき出しにした。
「僕はケンカしに来たんじゃない。なんでちゃんと話が聞けないかな、君は。あのコのことだから?」
「俺が聞いてないんじゃなくて、お前の話し方がヘタなんじゃないのか。」
しれっと言い返す零にカッときかけたスズキだが、言い返すことはしなかった。
これでは永遠に話が進まないからだ。
零のペースには、さっきさんざん振り回されたばかり。
キャッキャしてるようでいて、スズキもオトナだった。
「それは…悪かったよ。でも、とにかくこのままじゃ、僕はランコントルに行けないし、みんなレイちゃんに新しい彼氏候補を次々紹介しようとするし、君にも僕にもよくないと思うんだ。」
「俺には関係ないだろう。」
「あるでしょ。もしその候補の中に、レイちゃんのタイプで、しかもすっごい優しい男の子が現れたらどうするつもり?」
「は?」
「とられちゃうよ?!」
ぐいっ、とスズキが顔を近づけると、頬杖をやめて零は一瞬身を引いた。
「あいつは俺を」
「人はね!変わるよ。」
零の反論にさらに強く言葉をかぶせるスズキの目つきは、妙に真剣だった。
零は口をつぐむ。
「レイちゃんに限って、そんなことないと思いたいけど、それでも可能性はゼロじゃないと思わない?」
「…」
「それで、僕考えたんだけど。」
何も言わないままの零の態度を、納得したものと取ってスズキはみずからの思いつきを話した。
「俺が、ランコントルに?」
疑問を含んだ零の声に、スズキはうなずいた。
「そ。お客さんとしてでもいいし、同居人として迎えに来た、でもいい。イヤなら彼氏だなんていう必要もない。あ、ただし ちゃんと大人バージョンで来てよ?」
ここで、軽くスズキは零の全身に視線を走らせ、笑った。
零は表情を変えないが、それは何も感じないのと同義ではない。
「“零”のことはみんな知ってるはずだし、レイちゃんの態度でわかってくれると思う。」
「…結局彼氏アピールだろ、それ。」
だるそうに、零。
「だから、イヤならそこまでしなくても、レイちゃんの好きな人が、彼女の手の届きそうな距離にいるってことだけでもわかればいいんだって!」
スズキは熱心に、というより必死に零に語りかけた。
「あいつは調子に乗るとウザいんだ。」
零はだるそうな顔から、イヤな顔に変わり果てている。
このふんぞり返りっぷりには、スズキも眉をひそめた。
「たまには喜ばせてやれよ、家事だけじゃなくてさ!」
「家事をなめるな。」
どっちを向いたプライドなのか、表情をひっこめた零の目は鋭い。
「手抜きでしょ!?」
スズキがぴしゃりと指摘すると、心当たりに
「う」
と、零はのけぞった。
勝負あり。
「ねえ、そんなにあのコ喜ばすのイヤ?」
悲しげな表情のスズキに、零は面倒くさそうな顔をするだけで、何も言わない。
「…とにかく、よろしくね。頼んだよ!」
スズキは勝手に話をまとめると、にっこり笑い、残りの紅茶を飲み干した。
「喜ばせる、か。」
スズキの使ったカップを片付けながら、零が薄く笑みを浮かべたとき、スズキはもうその場にいなかった。
(続)