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居候日記  作者: narrow
52/95

10 彼、俺。

 ぴんぽぉん。

 チャイムを鳴らしたのが誰か、ドアを開けなくとも零にはわかっていた。

 セールスであれば居留守を使うつもりで、ドアの外まで感覚の伝わる範囲を広げたからだ。

 セールスではない、が家事の手を止めてまで出る相手ではない。

 「入れよ。」

 ドアの外まで聞こえるほどの声ではない。

 それでも、伝わる。

 向こうも外で答える。

 ドアのすぐ向こうに相手がいると思える、普通の音量。

 「君の部屋じゃないだろ?出て来い。」

 多少のイラ立ちを含んでさえ、なおも柔らかく響くスズキの声。

 ドアを隔てて、広げた感覚が零に言葉を運ぶ。

 「入りたくなきゃそこで話せ、忙しい。」

 それが伝わるか伝わらないかのうちに、スズキは鍵のかかったドアを通り抜け、ベランダに居た零の後ろに立つ。

 「文句言いに来たのに、なんで僕が君のワガママ聞かなきゃいけないんだよ!」

 「文句をいいにきたのは、お前の“勝手”だからじゃないのか?」

 頬をピンク色に染めて頭から湯気を立てているスズキに対して、零は眉一つ動かさず、流れる水よりさらりとした答えを返した。

 「かっ・・・てなのはいつも君だろ?!」

 文句を言われても、零は家事の手を休めない。

 「そうカッカするな、アタマ冷やせ。」

 言葉とともに、零は肩越しに持っていたモノをスズキの顔へ投げつけた。

 ぺしゃり、と音をたててソレは彼の頭全体に軽く巻きつく。

 「つめたっ…何、こ」

 はずしたソレが何だかわかった瞬間、スズキは絶句した。

 「・・・」

 表情をなくした彼は、今どんな顔をしていいかわからないに違いなかった。

 白地にピンク色の刺繍。

 スズキの目には入っていないが、タグには「D・75」と記されている。

 普段はレイの胸に装着されているものだ。

 零はさっきから、洗濯物を干していたのだった。

 「これ・・・」

 か細い声で言って、零にソレを返すと、スズキは一言いい残して外へ出た。

 「終わったら、呼んで・・・」

 零はそれを聞いて、吹き出す。

 「ぶふっ」

 こらえるということを、彼は全くしなかったので、スズキはマトモにその声を背に浴びたが、アタマの中はそれどころではない。

 抵抗する気力もないその姿も零には可笑しく、高笑いはしばらく響き続けた。

 それもおさまり、数分後、よりかかっていたドアが開き、スズキは転倒しかける。

 「入れば?」

 そのドアの隙間から、ぬっと零が顔を出す。

 「君が出て来いよ。」

 我に帰ったスズキの声は、多少不機嫌だ。

 「スネるな。紅茶、好きだろ?」

 「入れてくれるの?」

 驚いた顔で、スズキは聞き返す。

 「ああ、入れ。」

 零は、さらにドアを大きく開き、スズキを招き入れた。

 「…じゃ、おじゃま、しまーす。」

 スズキは、戸惑いながら中に入った。

 ティーバッグでカンタンに入れた紅茶が、可愛らしいカップに入ってスズキの前に置かれた。

 「あ、いいニオイ。アップルティー、かな?」

 すっかり機嫌を直したスズキが、頬をゆるめてそうきいた。

 「ああ、レイが気に入っててな。カップもあいつのなんだが、構わないだろ?」

 くくく、と意地の悪いことこの上ない顔で零が笑った。

 「えっ、いや、僕は…」

 さっきのことを思い出し、困った顔をするスズキ。

 「くっくっく。」

 零がまた笑う。

 「何だよ。」

 さすがにスズキも少しムッとする。

 「キレイに洗ってあるから、安心しろ。」

 まだ笑ったままの零の顔は、とても愉快そうだ。

 「わかってるよ!別に僕は…」

 その後なんと言っていいかわからず、スズキはカップをガッとつかみ、一気に紅茶をあおろうとする。

 「ぶぅぇあづぁっ!!!」

 まだ熱すぎたらしく、盛大に噴き出しながらスズキは叫んだ。

 「温度考えろ、ばか。」

 零は呆れた目をして言うと、立ち上がった。

 「だって君が」

 「ちゃんと拭いとけ。床は汚してないだろうな。」

 涙目で言い返そうとするスズキに、零はキッチンからフキンを投げつけた。

 無言でテーブルを拭くスズキに すっかり満足した零は、低位置に座りなおしながら今気づいたように用件をきく。

(続)

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