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居候日記  作者: narrow
51/95

続き 2

   ◆

 その後、お前がいると余計調子が悪くなると言って、零はむりやりレイを仕事に行かせた。

 レイはひどく心配したが、出かけるかわり零にムリヤリ風邪薬を飲ませ、額に熱吸収ジェルシートを張ることで妥協した。

 今日は何もせず寝ていることも、命令半分に約束させた。

 そうして仕事を終えた彼女が部屋に戻ると、もう零は朱い顔をしていなかった。

 「あー、熱下がったんだぁ。ゴハン食べれる?すぐ作っちゃうね。」

 笑顔のレイを、零が止めた。

 「いや、いらん。」

 「食べらんない?でも食べた方がいいよ?ちょっとでもいいから。」

 「逆だ。」

 言っている意味がわからず、レイは黙って零の説明を待った。

 「俺たちは、もともときまった形すらない不安定な生き物だ。ヒトの生活をしていればそれに適応して、カラダがヒトに近づいていってしまう。自分でも信じられないが、今回のことは多分それだ。俺は、今までカゼなんかひいたことはなかった。」

 急にレイが、ふふん、と得意げな顔をする。

 「零さーん、カゼひかないのはおバカさんのシルシなんだよ?」

 零は眉ひとつ動かさず切り返した。

 「迷信だな、お前でもひくんだから。」

 レイは、うぐ、と うめいた

    ◆

 あれから、零が食べ物、飲み物を口にするところをレイは見ていない。

 レイがいなくても、多分それは変わらないだろう。

 そのせいか、夕食の献立に渋い和食が出るようになった。

 ダシをとらず、めんつゆベースでかなり色んなものを作る手抜きは、いったいどこで覚えてきたのか。

 (一日家にいる彼は、実はそれをTVのらくらくクッキングというコーナーで学んだ。家事に関する知識はあまりないので、主婦のマメ知識的な番組は新鮮でタメになり、今のところ飽きなかった。)

 しょうゆとの割合だけで味を調節しているフシがあるが、レイにとってキライな味ではない。

 また、何か意見したところでどうせ聞き入れてもらえそうもないので、黙っておくことにしていた。

 さらに、夜の外出も度重なるようになった。

 「お前と一緒にグースカ寝てたらカラダがなまる。」

 と、いうことらしい。

 全く食事をとらず、夜も留守がちになってしまった零に、レイは寂しさを覚える。

 ちょっとだけ、不満も。

 もっと一緒にいたいのに。

 ゴハンだって、一緒に食べたいのに。

 普通の、恋人同士みたいに。

 そんなこと、思ってても言えない。

 不安だけど、これ以上彼が遠くなるのが怖い。

 ねぇ、好き?

 なんて、ゼッタイ訊けない、けど。

 「ねぇ零さん、まえ言ってたよね?あたしのこと、少しは気に入って、くれてるんだよね?」

 零が、口元だけで にぃっと笑った。

 「そうやって、俺の事だけ考えてるうちは、な。」

 あいまいさの残る答えは、よけいに不安をあおる。

 「じゃ、じゃあもっと…」

 もっと好きになれば、少しは優しくしてくれる?

 言いかけて、別の不安に襲われる。

 重い、ってイヤがられたら。

 追えばいつもかわされる。

 いつか、かわすだけでなくそのままどこかへ消えるのではないか。

 時折襲う不安が、今現実になってしまったら。

 レイの表情を、零がうかがっている。

 気付いても、すぐに笑ってゴマカすことができない。

 不安が、大きすぎて。

 お構いなしに、零が口をひらく。

 「…もっと?お前にそんな余裕があったとは知らなかった。くくくっ。」

 「余裕なんかないよ!ない、けど。」

 いつでも精一杯、全力で、たぶん片思いをしている。

 それでもきっと、まだまだずっと、もっとこのキモチは大きくなる。

 もっと好きになる。

 そばにいれば、いるほど。

 好きだから、不安にもなるけれど。

 「けど?」

 零が促しても、想いをそのままぶつけるのは、まだ怖い。

 「・・・だからぁ、えと・・・んっと、あのね、ずっと、一緒に・・・いてね?」

 迷ううち、これくらいなら言っても大丈夫であろう、きいてもらえそうなオネガイが口をついて出た。 

 零はニヤつくのをやめ、無表情でレイの顔を見つめてくる。

 ずっと、は余計だっただろうかと、レイは少し不安になった。

 うっすらと、零の顔に呆れが広がる。

 「なんだそりゃ。今はそんな話じゃないし、前にも一緒にいてやるって言ったよな?言ったよなぁ?!」

 プロポーズのようなやりとりだった。

 しかも返事はOK。

 だが、零に言葉以上の事など期待できるハズもない。

 おまけに彼は、かみ合わない会話に苛立ちはじめた。

 それでも、不安はやわらぎ、レイは微笑んだ。

 それを見ている零の表情は、なんとも言えないフクザツなものだった。

 その日から零は、夜間の外出をぱたりとやめた。

 命令ではなかったが、一緒にいて、という言葉に、彼なりに思うところがあったらしい。

 かといって、一緒に寝てはくれない。

 深夜番組を見続け、少なくともレイが寝るまでは起きている。

 もちろん、朝も。

 寝なければ寝ないでも、あまり問題はないという。

 「えー?そんな事いって、あたしが一生懸命オシゴトしてる間、おうちでお昼寝してるんでしょ?」

 冗談半分にレイが言うと、零は言い訳もせず

 「たまに。」

 あっさり白状した。

 「ズルい・・・お昼寝するなら夜寝てもいっしょだよ!」

 「ぅ・・・」

 小さく、零がうめいた。

 レイの言葉に押されたのか、その後は時々、一緒に寝てくれるようになった。

 それでもあいかわらず、何も口にしない日は続いている。

 好きだったケーキすら、全く食べていない。

 ガマンしているだけで、本当は食べたいのだろう。

 雑誌にスイーツの特集が載っていれば、ほんのわずか悲しげに眉をひそめ、TVにケーキが映ればチャンネルを変えた。

 毎日ケーキを扱っていながら、いっこうにそれに飽きず、むしろ大好きなレイは、この反応に少し困って、とうとうある日思い切ってこう言った。

 「少しは食べなさいっ!」

 たんっ、とランコントルのお持ち帰りBOXを、零の前に置いて。

 突然の命令に驚いた彼の顔には、一瞬後、それはそれは淡くかすかに、照れがうかんだ。

 朱く、ではないが少し顔色が変化した、気もする。

 嬉しいのか、それともやせガマンがバレて恥ずかしいのか、ちょっとレイにはわからない。

 両方なのかもしれない。

 初めて見る表情。

 ほらね、と彼女は思う。

 昨日よりもっと、今日の方がもっともっと好きになったよ、零さん。

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