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居候日記  作者: narrow
47/95

続き 4

 4時44分に出るオバケか。

 階段を早足に上りながら、零は考えた。

 まだ、インパクトがたりない。

 4は“し”と読み、死を連想させる。

 4が一つ、たりない。

 「4階、だろうな。」

 それで“4”が“4”つそろう。

 子供相手の魔物の条件付けとしては、充分だろう。

 たどりつくと、思ったとおりそこが一番濃い気配に満ちていた。

 ミッチーを置いてきたあたりとは、比べ物にならない じめっとして薄ら寒い空気。

 呼吸を邪魔するほどの圧迫感と粘りつく重さ。

 思考と行動に、決して小さくはない影響をあたえるであろうそれは、しかし零にはノーダメージだ。

 生存に呼吸を必要とせず、その気になれば同じモノを生み出せるのだから、気になるわけもなかった。

 もし気に障るようなら、いつでも消し去れるのだし。

 ここが、建物全体を覆う重苦しい空気の中心、それを生み出している場所だと、零にはわかる。

 目に見えるのと同じように、音がしているように、そこからニオイがするように、触れられるほど確かに、しかしそれらどれとも違う感覚で、わかる。

 オバケというからには、それらしい人型の本体があるはずだ。

 さっさとそれを始末したいところだが、どこにもそんなものは見当たらない。

 ここには、いないのか?

 結界の主、学校に出るオバケ。

 オバケ、以上の情報がないことが、少々 零を苛立たせた。

 ここじゃないなら、他の階だ。

 屋上か、下か。

 下・・・?

 そういえば、下にはミッチーを置き去りにしていた。

 「あ。」

 今、気づいた。

 おいしそうなエモノをわざわざ置いて、その場を離れてしまったことに。

 戦うときはいつも一人だった。

 それはほとんどいつでも一方的な狩りで、自分のことさえ考えていればよかった。

 何かを、誰かを守って戦うことなどなかった。

 別に、どうしてもミッチーを守りたいというのではない。

 ただ、黙って持って行かせてやる気にはなれないだけだ。

 新しく手に入れたばかりの この子分は、ユゥと遊ぶときにはいいスパイスになる。

 自分をよく見せたくてたまらない彼は、適度に欲深く、つきあいやすかった。

 人のカタチを、少しの間軽くほどく。

 と、零のカラダは床をすり抜けて、階下へ落ち始めた。

 一階まで、ほぼ一瞬でたどりつく。

 上がるとき こうしても良かったが、出た先にちょうど本体がいた場合、余計な時間がかかるかも知れなかった。

 今は、そうも言っていられない。

 少々不利でも、どうせ自分が勝つのだから、ミッチーを確保する事を優先した。

 零はカラダを固め、ミッチーのいる方向へ走った。

 黒く、長い影が倒れているミッチーのすぐそばでゆらめいていた。

 零は距離をとって立ち止まる。

 黒い煙が、燃え立っているようにも見える。

 よくある魔物の姿で、はっきりしたカタチがないということは、だいたいが大した力も持っていないということだ。

 細長いシルエットは、たぶん零の“影”であるらしい。

 背格好が似ていた。

 ソレは、ただミッチーを見下ろしていた。

 「おい。」

 零は声をかけた。

 ぞわり、と影がうごめいた。

 零の方を、振り返ったのかもしれない。

 何しろ全体が黒くもやもやとしていて、どこが顔なのかもわからない。

 零はかまわず話しかける。

 「お前のエモノなんだろ?何もしないのか?」

 影がそわそわとゆらめくと、零のアタマに映像が浮かぶ。

 相手は話す事もできないらしく、じかにイメージを送り込んできた。

 大きな影は、自分。

 その影に驚き、泣き叫ぶ子供。

 逃げて行く後姿。

 快感と、活力。

 「なるほど。」

 子供をおどかしては、その恐怖を吸い取って生きていた、ということだ。

 校舎全体を覆うほどの力は多分無く、ウワサがウワサを呼んで、学校という空間に恐怖が蓄積されたことで、ここがヤツの縄張りのようになっているのだ。

 「じゃ、恐怖がほしいんだな?」

 ざわざわと影が動く。

 なんとなく、肯定に思える。

 「なら、俺の中に戻れ。」

 零は影と同じ、以前の自分の姿をとる。

 影が、動きを止める。

 「俺は、もっと大きな恐怖を人間に与えることが出来る。」

 零の背に、黒いコウモリ羽が伸びる。

 深い闇の色をした、大きな翼。

 「お前は、俺だ。」

 瞳が紫色の光を放ち、長い黒髪が無数の蛇の群れのように房に分かれ、踊る。

 影は動かない。

 零は一歩踏み出した。

 「戻らないなら、消すぞ。出来の悪いコピーは必要ない。」

 二歩目、今度は何も言わない。

 三歩、四歩とゆっくり近づく。

 あと数歩、というあたりで影が激しくゆらめき始めた。

 零は歩を止める。

 ざっ、と影が幾筋かに裂けた。

 零は神経を集中し、攻撃に備える。

 数本の筋状に別れた影は、それぞれ螺旋状に零のカラダに巻きつくと、そのまま彼の中に消えていった。

 「・・・俺のくせに、俺にびびりやがった…」

 同化する瞬間に、影の思考、感じた恐怖も自分の中に広がった。

 消される恐ろしさを味わうよりは、その恐ろしい相手と一体化したほうがマシと考えたのだ。

 「ふん、でも、まあ・・・」

 どうやらカラダは、ほぼ元に戻った。

 気を緩めても、背の高さも、髪の長さも変わらない。

 満足げに微笑んでから、“意識して”零は なゆた の大きさに戻る。

 ミッチーを揺り起こした。

 「ミッチー、おいミッチー。」

 眠らせた本人が起こすと、頭を打っても起きなかったミッチーはすぐに目を覚ました。

 催眠なのだから、かけた当人ならカンタンにとけてあたりまえだった。

 「ん、あれ?なゅ、ぼく?」

 「おまえ、オバケだとか言って気絶したんだ。平気か?」

 心配そうな顔を作りながら、零はもっともらしい嘘をつく。

 「でたの?やっぱり出たんだ?!」

 すぐに立ち上がって逃げようとするミッチーの肩を、零がつかむ。

 「待て、いなかったんだ。勘違いだ、一緒に行ってやるから。忘れ物取りに行くんだろ?」

 平然と、なんの表情もなくそう言った零は頼もしく見えたようで、一瞬間をおいて、ミッチーはうなずいた。

(続)

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