続き 4
4時44分に出るオバケか。
階段を早足に上りながら、零は考えた。
まだ、インパクトがたりない。
4は“し”と読み、死を連想させる。
4が一つ、たりない。
「4階、だろうな。」
それで“4”が“4”つそろう。
子供相手の魔物の条件付けとしては、充分だろう。
たどりつくと、思ったとおりそこが一番濃い気配に満ちていた。
ミッチーを置いてきたあたりとは、比べ物にならない じめっとして薄ら寒い空気。
呼吸を邪魔するほどの圧迫感と粘りつく重さ。
思考と行動に、決して小さくはない影響をあたえるであろうそれは、しかし零にはノーダメージだ。
生存に呼吸を必要とせず、その気になれば同じモノを生み出せるのだから、気になるわけもなかった。
もし気に障るようなら、いつでも消し去れるのだし。
ここが、建物全体を覆う重苦しい空気の中心、それを生み出している場所だと、零にはわかる。
目に見えるのと同じように、音がしているように、そこからニオイがするように、触れられるほど確かに、しかしそれらどれとも違う感覚で、わかる。
オバケというからには、それらしい人型の本体があるはずだ。
さっさとそれを始末したいところだが、どこにもそんなものは見当たらない。
ここには、いないのか?
結界の主、学校に出るオバケ。
オバケ、以上の情報がないことが、少々 零を苛立たせた。
ここじゃないなら、他の階だ。
屋上か、下か。
下・・・?
そういえば、下にはミッチーを置き去りにしていた。
「あ。」
今、気づいた。
おいしそうなエモノをわざわざ置いて、その場を離れてしまったことに。
戦うときはいつも一人だった。
それはほとんどいつでも一方的な狩りで、自分のことさえ考えていればよかった。
何かを、誰かを守って戦うことなどなかった。
別に、どうしてもミッチーを守りたいというのではない。
ただ、黙って持って行かせてやる気にはなれないだけだ。
新しく手に入れたばかりの この子分は、ユゥと遊ぶときにはいいスパイスになる。
自分をよく見せたくてたまらない彼は、適度に欲深く、つきあいやすかった。
人のカタチを、少しの間軽くほどく。
と、零のカラダは床をすり抜けて、階下へ落ち始めた。
一階まで、ほぼ一瞬でたどりつく。
上がるとき こうしても良かったが、出た先にちょうど本体がいた場合、余計な時間がかかるかも知れなかった。
今は、そうも言っていられない。
少々不利でも、どうせ自分が勝つのだから、ミッチーを確保する事を優先した。
零はカラダを固め、ミッチーのいる方向へ走った。
黒く、長い影が倒れているミッチーのすぐそばでゆらめいていた。
零は距離をとって立ち止まる。
黒い煙が、燃え立っているようにも見える。
よくある魔物の姿で、はっきりしたカタチがないということは、だいたいが大した力も持っていないということだ。
細長いシルエットは、たぶん零の“影”であるらしい。
背格好が似ていた。
ソレは、ただミッチーを見下ろしていた。
「おい。」
零は声をかけた。
ぞわり、と影がうごめいた。
零の方を、振り返ったのかもしれない。
何しろ全体が黒くもやもやとしていて、どこが顔なのかもわからない。
零はかまわず話しかける。
「お前のエモノなんだろ?何もしないのか?」
影がそわそわとゆらめくと、零のアタマに映像が浮かぶ。
相手は話す事もできないらしく、じかにイメージを送り込んできた。
大きな影は、自分。
その影に驚き、泣き叫ぶ子供。
逃げて行く後姿。
快感と、活力。
「なるほど。」
子供をおどかしては、その恐怖を吸い取って生きていた、ということだ。
校舎全体を覆うほどの力は多分無く、ウワサがウワサを呼んで、学校という空間に恐怖が蓄積されたことで、ここがヤツの縄張りのようになっているのだ。
「じゃ、恐怖がほしいんだな?」
ざわざわと影が動く。
なんとなく、肯定に思える。
「なら、俺の中に戻れ。」
零は影と同じ、以前の自分の姿をとる。
影が、動きを止める。
「俺は、もっと大きな恐怖を人間に与えることが出来る。」
零の背に、黒いコウモリ羽が伸びる。
深い闇の色をした、大きな翼。
「お前は、俺だ。」
瞳が紫色の光を放ち、長い黒髪が無数の蛇の群れのように房に分かれ、踊る。
影は動かない。
零は一歩踏み出した。
「戻らないなら、消すぞ。出来の悪いコピーは必要ない。」
二歩目、今度は何も言わない。
三歩、四歩とゆっくり近づく。
あと数歩、というあたりで影が激しくゆらめき始めた。
零は歩を止める。
ざっ、と影が幾筋かに裂けた。
零は神経を集中し、攻撃に備える。
数本の筋状に別れた影は、それぞれ螺旋状に零のカラダに巻きつくと、そのまま彼の中に消えていった。
「・・・俺のくせに、俺にびびりやがった…」
同化する瞬間に、影の思考、感じた恐怖も自分の中に広がった。
消される恐ろしさを味わうよりは、その恐ろしい相手と一体化したほうがマシと考えたのだ。
「ふん、でも、まあ・・・」
どうやらカラダは、ほぼ元に戻った。
気を緩めても、背の高さも、髪の長さも変わらない。
満足げに微笑んでから、“意識して”零は なゆた の大きさに戻る。
ミッチーを揺り起こした。
「ミッチー、おいミッチー。」
眠らせた本人が起こすと、頭を打っても起きなかったミッチーはすぐに目を覚ました。
催眠なのだから、かけた当人ならカンタンにとけてあたりまえだった。
「ん、あれ?なゅ、ぼく?」
「おまえ、オバケだとか言って気絶したんだ。平気か?」
心配そうな顔を作りながら、零はもっともらしい嘘をつく。
「でたの?やっぱり出たんだ?!」
すぐに立ち上がって逃げようとするミッチーの肩を、零がつかむ。
「待て、いなかったんだ。勘違いだ、一緒に行ってやるから。忘れ物取りに行くんだろ?」
平然と、なんの表情もなくそう言った零は頼もしく見えたようで、一瞬間をおいて、ミッチーはうなずいた。
(続)




