続き 3
ミッチーは、正門のところでヒザをかかえ、うつむき加減にしゃがんでいた。
門のすぐそばに生えている大きな木の陰で、零は彼の友達の姿に戻り、声をかけた。
「よぅ。」
「わっ!」
ミッチーは、女の子みたいな高い声で叫んだ。
「驚かすな、そんなにオバケが怖いか?くくっ」
零は、動揺していない風に感じられる声と表情で言い、笑った。
ミッチーは慌ててイイワケをする。
「違うよっ、だって後ろからくるから…え?どっから来たの?今・・・」
不可解そうに言ったミッチーの表情に、少しだけ恐れが浮かぶ。
零は、いたずらっ子の表情で笑って見せる。
「フェンスを登ったんだ、そっとな。」
違和感がなくとも、自然に聞こえようとも大嘘。
とはいっても、今のミッチーには真実の方が残酷だった。
「じゃ、行こっ。」
安心しきった、屈託のない笑顔でミッチーが言った。
陽光は、ゆっくり黄色から橙色へとかわり始めていた。
職員や、委員会活動の生徒がまだまだ残っているらしく、校内にはそれなりに人の気配があった。
「何だー、これなら怖くないじゃん。ね、なゆ。」
「あぁ。」
ミッチーの話に適当にアイヅチをうちながら、零はさりげなく周囲をうかがう。
人以外の気配があるかどうか、感じ取るためだ。
ミッチーは当然気付かず話を続け、零はほとんどそれを聞かずにたまにアイヅチをはさんだ。
「…でね、さっきまで、なゆのことイジワルな奴って思ってたんだ、ごめんね。」
上の階が怪しい、そう見当をつけたとたん、耳に入ってきたのがそんな言葉だった。
「…」
本人に向かって正直すぎだろう、そう思った零は、つい驚きと呆れが半々の表情でミッチーを見る。
「あ、だから、さっきまでだよさっきまで。ごめんね?ごめんね?」
あまりにも考えのない物言いは、誰かに似ていて、零は思わず笑みをこぼす。
「ふふ、かまわない。」
さっき学校に入ったのが、4時半すぎ。
もうすぐ何か起きるはず。
上から感じる薄すぎる気配は、その時本当の姿を現すのだろう。
ただのウワサでなければ、狩ってやる。
零は初めから、そのつもりで付いてきていた。
自分の“影”が生まれる範囲がどのくらいかはわからないが、ここは可能性充分な場所だ。
レイの住む場所から、一駅は離れいていない。
調べるくらいの価値はある。
ウワサ話は自然に広がり、広がった分だけ恐怖をバラまくはずだ。
夢の中にいた影のときと同じように、大きな収穫があってもおかしくない。
ついでに恩を売っておけば、後々いい影響があるかもしれない、とも思っていた。
下心は満々だった。
そんなこととは知らず、良い奴であり、頼れる親友零に、ぺちゃくちゃとうるさくしゃべりかけていたミッチーが、突然黙った。
変化は、零のほうがよりはっきりと感じ取っていた。
おそらく、今が4時44分なのだろう。
人の気配が、急に消えた。
遠くあちこちからかすかに聞こえていた、声や物音が、ピタリとしなくなったのだ。
空気が湿り気を帯び、重苦しくなった。
一種の、結界を作っているらしい。
建物じゅうの人間を一度にどうにかした、というよりは、獲物である零たちだけを周りから切り離し、互いに感知させないようにした、と思えた。
なぜなら、校内の零たち以外を一度に殺せる魔物がいたなら、ウワサなんぞが広まる前に この学校の生徒はとっくに全滅しているはずだからだ。
ミッチーが、零の服のソデをぎゅっとつかんだ。
「なゆ、ぼく…トリハダ…」
零はミッチーの目を見て、薄く笑った。
「大丈夫だ、少し…目を閉じてろ。」
零の言葉とともに、ミッチーがくずれおちる。
「お子様にはショッキングな光景になるかもしれないからな。」
ついでに、怖がる彼をなだめるのも面倒だった。
強制的に目を閉じることになったミッチーは、倒れて頭を痛打しながらも、起きることは無かった。
大人しくなった彼をその場に残し、零は気配の強い上の階へ進んだ。
(続)