8 4時の影
タイムセールの時間は、子供にとってそろそろ帰る時間だ。
まだ街灯など必要ない明るさの中を、男の子と女の子がならんで歩いている。
「ユゥちゃん、手ぇつなごうよ」
男の子が言った。
女の子、ユゥちゃんはわざとらしく困った声を出して笑う。
「えー、どーしよっかな。」
もったいつけると、男の子はさらに迫った。
「いいじゃん、つなごうよー。」
「やーん、恥ずかしいぃー。」
言葉は拒否していながら、裏腹に笑顔で男の子をじらすユゥちゃんだったが、ふと何かに気付き、会話をとめる。
男の子がどうしたの、と問う前にユゥちゃんは走り出した。
「ぁ、なゆだ!なゆー!」
「ちょっと、ユゥちゃん?」
男の子も追いかける。
その先にいたのは、彼らよりも少し年上に見える黒ずくめの少年。
スーパーの袋を両手にぶらさげて、自分を呼ぶユゥちゃんの方をむく。
「よぉ」
短く挨拶らしきものを口にした。
「どしたのぉ?おかいものぉ?エラぁい!」
彼の買い物を“お手伝い”と思っているユゥちゃんは、手放しでそれをほめる。
彼女の関心が、全て なゆ、つまり零に行ってしまったのは誰が見てもわかる。
ユゥちゃんは一緒にいるもう一人の男の子の方を向こうともしない。
面白くない彼は、必死で会話に入ろうとする。
「ぼくだってぇ、ぼくだってお手伝いするよ!」
その言葉で初めて彼に気付いた顔で、ユゥちゃんが男の子を見た。
「まだいたの?ばいばい、ミッチー。またね。」
冷たく言い、とびきり可愛らしく笑った。
「くくっ、“よくできました”だな、ユゥ。」
突き放しながらも笑顔で期待を持たせる小悪魔テクを、零はほめてやった。
ミッチーと呼ばれた男の子のほうは小さく、えーと言いながらも帰ろうとはしない。
零しか見えていないユゥちゃんにとっては、ミッチーが帰っても帰らなくてもいいらしく、それ以上彼に何かいうことはなかった。
「ね なゆ、明日あそぼっ?」
「ん、んー・・・」
悩むそぶりで零は、だるそうな声を出す。
「じゃぼくも入れて?ね?」
すかさずミッチーが割り込んできた。
今度はユゥちゃんが、えー、とイヤそうな声を出したが、零はニヤリとして言った。
「あぁ、いいだろう。公園で、1時だ。」
「えー?ミッチー来んのぉ?」
ユゥちゃんが抗議するすると、ミッチーはミッチーでさすがに気を悪くした。
「イヤなの?ユゥちゃん。」
責める調子の声に、ユゥちゃんはイイワケをする。
「イヤじゃないけどぉ、なゆ、ミッチーと遊んだことないしぃ。」
つまり、零が ミッチーと面識がないことを理由に、エンリョしろと言っているのだ。
自分だけノケ者になりたくないミッチーは、零に直接話しかけてみる。
「いいよね?なゆ・・・?」
ユゥちゃんが呼んでいた名前を、ミッチーも呼んでみる。
相手がどこまで気を許してくれるか、そうして探っているのだ。
すると、零のほうも親しげに笑いながら、呼び名を確認してきた。
「あぁ、ミッチー?」
まだたいした会話もしていなかったが、これでもう二人は友達だった。
こうなるとユゥちゃんも、しぶしぶではあるが認めるしかない。
「なら、三人でもいいけどぉ。」
零は毎日遊んでくれるわけではなく、誘っても断られる場合がある。
約束できる機会は、貴重だった。
(続)