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居候日記  作者: narrow
42/95

続き 7

 痛みよりも先に、パニックが俺を襲った。

 「・・・!・・・!!・・・っ!」

 やはり声は出ない。

 ぱくぱくと口を動かす俺を、愉快そうに悪魔が笑う。

 「くっくっく、脂身が多くて内臓には届いてないかもしれないな?もっと奥まで届くように、いや届くまで、繰り返すんだ。」

 ふたたび手が、勝手に動き出す。

 いやだ…俺は弱々しく首を振る。

 包丁が抜けると、血がどくどくと出はじめ、激痛が走った。

 刺したのは腹なのに、体中が痛い。

 どこが傷口かわからないくらい、体中が痛みを感じているのに。

 どっ。

 腹に衝撃を感じた。

 そうだ、右手は俺の意思と無関係に・・・

 「ぉあぁあーっ!あーっ!!ぐがあーーっ!!」

 自分でも驚くようなすさまじい悲鳴があがった。

 「お・・・っと、クチをふさぎ忘れた。ヒトの血を見るのは、久しぶりでな。」

 腹からはしだいに勢いを増して血が噴出しはじめ、なにか、ハミだして・・・

 「ア゛ーっおぉおあああああっ!!あぁっ!あ゛っ!!」」

 おれは悲鳴をあげ続けた。誰か気づいてくれ、助けて!

 その間も右手は勝手に腹を刺し続け、悪魔は機嫌良さそうに微笑んでいる。

 「い〜ぃ声だ。が、すこーし、静かにしろ。もう一度俺の指をしゃぶりたいか?…俺はもうゴメンだけどな。」

 悪魔は血まみれのおれのシャツのはしをつかみ、思い切り引き裂いた。

 血と、さっき吐いたカスのこびりついた服が口に押し込まれる。

 部屋にただよっているニオイよりも、さらに濃いそれは、ふたたび吐き気を運んできた。

 くぐもった悲鳴に、吐き気によるうめきが混じった。

 「ごもっ、うぶっがおえっ・・・」

 「だいぶ静かになったなー、いい格好だ。よしよし。じゃあ、後は俺がやるから、次は・・・そうだな耳でもそぎ落としてろよ。目はあとに取っといてやる。自分がどうなってるか見えたほうが、お前も楽しめるだろ?」

 悪魔は、優しい声を出しながら、おれの腹の中に手を突っ込んできた。

 「なぁ…なんでこんな目にあうか、知りたいかぁ?」

 まるで、他愛ない世間話の口調だ。

 右手が、アタマを目指して上がってくる。

 「お前が追っかけてる女さぁ」

 もうそれどころじゃない、部屋中血まみれで、痛くて、痛くて、痛くて。

 左手が、左手までもがおれの意思に反し、耳をつまんで右手の到着を待った。

 「あれ、“俺の”なんだよ。だから、お前があれで楽しんだ分、俺もお前で楽しませてもらおうと思ってな。清算、てヤツだ。」

 悪魔がナニか言っている。

 でもおれには聞こえない。

 耳がアツい、アツい、何か垂れて、痛い、痛い、痛い。

 悪魔は腹の中をかき回しながら、はぁ、と うっとりしたタメイキを吐いた。

 「ぬるぬるで、臭くて、赤くて…興奮しちまうな。くくっ・・・ははは!あははははははは!!」

 笑いながら、悪魔はおれの腹の奥深く両手を入れ、それぞれを思い切り逆方向へ引っ張った。

    ◆

 「あ、おかえり零さん!」

 ドアも開けず、音もなく部屋に入ってきた零に、少し驚きながらレイは声をかけた。

 「あぁ。」

 彼女の笑顔に目もくれず、定位置に座ると零はベッドに背をあずける。

 いつもどおり表情はほとんどないが、その横顔は何となく少し晴れていた。

 「なんか・・・いいことあった?」

 レイがたずねる。

 「別に。」

 そっけなく答えた零の声は、彼を知らないヒトが聞けば不機嫌に聞こえただろう。

 「ぁ、そなんだ。スズキさんと遊びにでも行ったのかと思ったんだけど・・・」

 「なんで俺があいつと遊ぶんだ。」

 レイの予想に、零は表情を険しくした。

 「えー、だって夕方から出かけたからユゥちゃんとなわけないし、あと友達っていったらスズキさんくらいしか・・・」

 「違う。」

 「でも友達でしょー?前から知ってるんだったよね?」

 「知ってる・・・だけだ。今日は、“影”を見つけたから回収してきた。」

 前から知っている、というフレーズが何となく零は気にかかった。

 「“影”って、零さんから出てっちゃったチカラ、だっけ?じゃ、また少し元の零さんに近づいたんだね!そっか、だからか。おめでと零さん!」

 自分のことのように喜び、笑顔を浮かべるレイ。

 キライじゃない表情、それを向けられることが、心地いい瞬間もある。

 “俺の”レイを取り戻したこと、久々の悪魔らしい行動は、確かに零の気分を良くしていたはずだった。 

 それなのに、そのレイの言葉が、笑顔が、不安をよんだ。

 ヒトである彼女を気に入った、自分でもわからない自分。

 その自分は、邪魔者を消すだなどと理由をつけ、結局コイツを守ってしまった。

 それは、コイツを自分のものにしておきたいのは、守りたいのは、ただの欲望だ。

 こいつらの言う、好きだの、愛だの、そんな幻想じゃない。

 確かに存在する、欲望だ。

 俺はちゃんとわかってる。

 わかってる、ハズなのに、わからない。

 何か知っているような、スズキの瞳。

 あいつは、何を伝えたかったんだ?

 何を、言わなかったんだ?

 答えはわからない、どうせそんなものはない。

 俺は俺を、ちゃんとわかっている。

 ただ、少し混乱しているだけだ。

 人間を、そばにおきたいなんて、今まで思ったことがなかったせいだろう。

 「どしたの?零さん、あたし、何かヤなこと言っちゃった?」

 気づくと、レイは不安げな表情に変わっていた。

 自分を気遣う、大きな瞳。

 純粋な目が見つめているのは、ついさっきまで高笑いしながら、ストーカー男に自分自身の体を刻ませていた悪魔。

 悪魔は、うしろめたさなど感じない。

 「そうだな、全部お前が悪い。」

 ただそう言って、目をそらした。

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