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居候日記  作者: narrow
41/95

続き 6

 冗談じゃない、もう死にそうだ。

 「ぐぅ、ひぐっ、はあひぇっ!」

 苦しい、放せ、と言ったつもりだった。

 手がジャマで、うまくしゃべるどころか、声を出すたび吐き気がする。

 「ふ・・・ふふ。何言ってんのかわかんねえよ、ブタさん。それより喜べ、契約を断ってくれた勇気ある…騎士殿には、これからもっと、つらぁくてぇ、苦しくてぇ、めっちゃくちゃ痛い思いが待ってるぞ・・・く…くくく。」

 騎士?

 おれがひそかに自分を騎士と思っている事を、こいつは・・・。

 考えることさえできなかった。

 後ろのやつが、しゃべりながらぐりぐり手を動かしたからだ。

 「ぶおうっ、…ぉぶ、ぐ…ぶっ!」

 とうとう、おれは吐いた。

 口に手を入れられたまま、胃の中のものを噴射した。

 わずかなスキマから、吐しゃ物が部屋の中へ飛び散る。

 後ろで、またあいつが笑った。

 「くはははは!きったねえなあ!はははははは!」

 大笑いしながらようやく手を抜くと、奴はおれの服のあちこちにソレをなすりつけ、ゲロをふいた。

 「えあ…、はあ、はあ・・・」

 おれは、あえぎながら床に倒れこんだ。

 振り返ると、おれの後ろにいたのは天井すれすれにまで伸びる黒い影だった。

 妙に細長い、長すぎるシルエット。

 高すぎる位置から、白い顔がおれを見下ろしている。

 大笑いしていたハズなのに、まるで表情が残っていない。

 振り乱した黒髪からのぞく、色のない瞳から目が離せなくなっていた。

 コイツがなんなのか、どこから来たのか、なぜこんな目にあうのか、ぜんぶ、全部もうどうでもいい。

 ただ。

 「た…たすけて・・・」

 赤黒い線がうごめき、答える。

 「い・や・だ。言っただろう。Dead…or die だ。」

 「いやだ・・・いやだ!いやだっうわーっあーーーっ!!!」

 おれは叫んだ。

 声は、出ていなかった。

 「しぃいっ、騒ぐなよ。」

 唇の前に人差し指をたてて、白い顔が近づいてくる。

 目の色が、おかしい。

 光ってる。

 悪魔だ・・・本当に、こいつは悪魔なんだ。

 「この姿を維持するのも、お前の母親をテレビに集中させておくのも、今の俺にはそれなりの負担なんだ。この上近所の人間まで呼ばれたら、ゆっくり楽しめないだろう?お前と過ごす、夢みたいなひと時をさーぁ。・・・まあ、わかってるだろうがお前にとっちゃ悪夢だ。くっ、くくくっ。」

 「・・・ひっ、はひっ、ひっ、ひ」

 耳に音が届いて初めて、自分が息をしていることに気づく。

 ひどく早い。

 からだ全体に響く、鼓動も。

 「ここに、この家の台所から失敬した包丁がある。イチバン痛そうなやつを選んでやった・・・はい、持って。」

 おれの手に包丁を持たせると、奴はいやらしく、ただでさえ細い目をさらに細め、笑った。

 「ひぃ、は・・・はぁあっ!」

 今度は声が出た。

 同時に俺は包丁を、横に思いっきり振っていた。

 やられる前に、やってやる。

 包丁は確かに、奴の体を切りつけた。

 なのに手ごたえはなく、何もないところと同じようにそこを通り過ぎた。

 「やると思った。くくくっ、そんな弱いんじゃ、レイを守れないぞ?悪魔から。」

 叫びたいのに、また声が出ない。

 「それは、そうやって使うんじゃない。こうだ。」

 奴がしゃべると包丁を持った右手が、俺の意思と無関係に動き出した。

 残された左手で、俺は右手を押さえた。

 右手は自分の、おれの腹をめがけて包丁を突きたてようとしている。

 奴は、面白そうにおれの右手と左手が戦うのを見ている。

 「う・う・・・うぐっ!」

 「遠慮するなよ、どうせ大きな声など出せない…と、いうより俺がもうガマンできないな、くくくっ。」

 右手に、悪魔の白い骨ばった手が、添えられた。

 衝撃に、一瞬視界が白くなる。

 時間が、ひどくゆっくりと流れる、数秒間。

 突き刺す感触と、食い込んでくる感触が、同時にある。

(続)

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