続き 5
◆
レイちゃん、今日も一日、おつかれさま。
明日も、キミの騎士がずっと見守ってるよ。
アパートの入り口に消えていくレイを、物陰から見つめながら彼は思った。
「・・・ふ、ぅふ、うふ。」
薄青いひげの剃り跡に囲まれた唇の間から、荒い息に似た笑いが漏れる。
本当は一日中彼女を“見守る”ために、盗聴器や小型カメラを用意したいところだが、昼は彼女についていなくてはならないし、夜はその日写真におさめた彼女の写真をアルバムに整理して、じっくり鑑賞しなくてはならない。
彼は、忙しいのだ。
それに、取り付ける所を誰かに見られたら、これから彼女を守ってあげることが難しくなるかもしれない。
臆病なのではない、慎重なだけだ。
こんなにも思慮深く、慎重で、彼女のために身を粉にして護衛を続ける自分は、まさしく生まれ変わる前、騎士だったに違いない。
彼は思う。
そして、自分と運命で結ばれた彼女はきっとお姫様だったのだ。
一介の騎士と王女の恋は周りから反対され、二人は・・・。
でも大丈夫、今の二人にはなんの障害もないんだよ、レイちゃん。
興奮に息を荒くすると、彼女の部屋に電気がつくのを確かめてから、彼は薄闇の中を家路についた。
両親は昼の間、彼がどこへ行っているのか知らない。
ただいまも言わず帰ってきた彼に、家にいた母親が声をかける。
「毎日遊んでないで、仕事探しなさいね、修ちゃん。」
おれの仕事はレイちゃんを守ることなんだよ、クソババア。
修ちゃんなんて呼ぶなよな、大人なんだからよ。
さぁ、部屋でゆっくり今日とりたての、新しい写真を見よう。
二階に上がると、おれは後ろ手でドアを閉めた。
そのとたん急に、寒気と言うか、怖気がした。
「選ばせてやる。Dead…or die?」
おれの声ではない。
父親の声でもない。
低い声の中に、押し殺した怒りがにじんでいる気がした。
いや、そんな事よりもおれとドアの間にはヒトが入れるスキマはない。
なのになぜ、この声は後ろから聞こえるんだ?
「…は、…ひは、あう・・・」
なぜ、なぜ、なぜ。
誰・・・いや、ナニが居るんだ?
なぜ、誰もいないハズの部屋に?
いつから、どうやって?
言いたいことは沢山あるのに、混乱と驚きと恐怖が入り混じり、言葉にならなかった。
うしろの何かが笑った。
「くっくっく…いや、悪かった。これじゃ選び辛いな。言い方を変えよう。俺と契約するか、しないか。契約すれば、死後その魂を貰う代わり、楽に死なせてやる。何も感じず、ただ、心臓が止まる。怖く…ないぞ?くくくっ。」
怖かった。
ナニが怖くないって?
おれは、ナニが何だかわからない。
楽しそうに笑っているコイツは、死神か?
契約…悪魔?
死の、契約。
「いや、だ…いやだー!」
「そうかぁ、俺は、選ばせてやったのに、なぁぁぁあ!」
徐々に大きくなる後ろの声は、恐怖を限界まであおり、俺は、声を・・・。
「あ゛おっ、がぇあっがぁっ!」
何かごつごつした物が、素早く口に押し込まれた。
ノドにまで入り込もうとするソレは、後ろから伸びた手だ。
おれは激しくむせて、こみあげる胃液を手ごと吐き戻そうとカラダを震わせる。
暴れても、口の中に入った手が、がっちり頭を固定していて逃れることができない。
口から、だらだらとよだれが垂れ、苦しさに涙がにじんだ。
両手ではずそうとしても、手はビクともしない。
口いっぱいに入っているソレは、甲の部分が収まりきらず、すぐ目の前で青白くスジを浮かせている。
苦しい、キモチが悪い。
噛み付けば放すかもしれないと思ったが、限界まで無理やり押し広げられたアゴにはチカラが入らず、そんなことは不可能だった。
そして、そんな抵抗を考えた瞬間、さらに手は奥までねじ込まれ、骨ばった固い指先がノドの奥深くまで侵入し、うごめく。
さっきまでとは比べ物にならない、苦痛と吐き気が突き上げた。
ノドがケイレンし、体が勝手にびくんびくんと跳ねた。
「くるしい〜ぃ?」
ねばりつく不気味な声が、からかう調子で言った。
(続)