続き 3
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行ってきます、と元気よく言ったレイに、ん、と短く零は答えた。
彼女がドアを閉めると、零の姿は消えた。
ヒトの姿をほどいて霧状になると、空気にまぎれて移動する。
目には、見えない。
人間相手なら、尾行にも監視にも、うってつけだ。
そうやって彼がぴったりはりついている相手は、レイ。
彼女はどうせ、心当たりなどない、と言うだろう。
気味の悪い客がいたとしても、おかしな態度をとられても、たまたまそういう人なだけで悪気はないのだ、と解釈するのがレイだ。
彼女にきくよりは、自分が直接確認するほうが早い。
とはいえ、本当にすぐに相手を見つけられたのは、零の考えがどうこう、というより相手がすでにストーカー化していたせいだ。
アパートを出てすぐに、覚えのあるぬるりとした感触がレイに伸びた。
出かける時間を把握して、待ち伏せていたらしかった。
ということは、今まで帰りも後を付けていたのだろう。
アパートの入り口から部屋までなら、そのへんの男の思い込み程度のモノがついてきても不思議はない。
レイについていたモノ、この男の“念”は確かに強いとはいえ、特殊な力を持っているわけではないという事だ。
いくらか鈍感とはいえ、レイが気づかなかったこともうなずける。
しかし、男がレイに強い執着を持ち、彼女に害を及ぼしかねないという状況に変わりはない。
こんなに近くに危険人物がいたなんて、考えてもみないことだった。
零は、一言いってやらねば、と思い一度レイを放置して霧状のまま移動を始めた。
ヒトからは見えないこの姿なら、目立たずに車などよりもよほど早く動ける。
ストーカー本人を見つけたときに、考えている事はチェックしておいた。
付け回して、写真をとって、店では客としてそばに近づく、というのが目的だ。
たいしたキケンはない。
今のところは。
とにかく一日中レイを“見守る”のがこの男の唯一の楽しみで、自分では使命だと思っている。
実際には、見守っているハズの視線はちょくちょく胸や、本人は少し太いと思っている脚をじろじろ眺めている。
だが、その視線、ストーカーよりももっと腹が立つことがある。
自分の部屋でも、ランコントルのものでもないドアの前に、零は立った。
自動ドアが開き、やる気のない店員の声が聞こえる。
「しゃーせー・・・。」
「お前がそんなだから、客が来ねぇんだこの店は。」
まっすぐに歩いてくる零の低い声がすると、カウンターの中の男はすぐにこちらを向いた。
「あ、零くーん、ちょっと見ない間にズイブン大きくなっちゃってー。」
文句を言いに来た零は、小さな子供ではなく今現在の彼の真の姿をとっていた。
スズキは、客を遠ざけるような事件を引き起こした本人にむかって微笑みかける。
御雷の事件のさらに前にも、零はスズキに八つ当たりをしたことがある。
その結果、ブレイブの店員はガチホモだというウワサが立ち、客は激減した。
売り上げ自体はあまり変わらず、逆にスズキの取り巻きが減り、当人以外はせいせいしていた。
「お前は、たまにくる親戚のおじさんか。」
「おじさんはやめてよー、前は自分のほうが老けてたクセにー。アハハ。」
「いくつのつもりだバケモンのくせに。」
「にじゅうろく。」
当然の顔で答えたスズキに、零は顔をひきつらせた。
「だったら俺はハタチだな。」
なぜか、スズキをいい気にさせておきたくない零だった。
文句を言いに来た今回に限らず、スズキは零にとっていつも、なんとなく絡んでやりたくなる相手だ。
きっと相性が悪いのだろう。
何と言っても、スズキは“悪魔”の天敵である“天使”なのだから。
だが、零に対して攻撃をしかけてこないスズキを、殺そうとまでは思わない。
面倒だから。
スズキが笑い出した。
「ないなーい!今なんかどう見ても未成年だしぃ。16、7?」
スズキが思い出すよりも早く、零は襲いかかった。
「ぁうわっ!ったぁ〜い!」
つまんだ頬肉を渾身の力で引っ張ると、スズキは激しくわめいた。
「必殺!頬吊り(ほおづり)!!」
零も、技名らしきものを叫んだ。
言葉どおり、スズキの顔はやや吊り上げられている格好だ。
零は、子供扱いがキライだった。
ハタチはオトナでも、16はコドモというワケだ。
しかし、1000年以上も生きたわりには、オトナゲない反応である。
(続)