続き 2
「やめてよっ!」
これは・・・驚いた。
まさか反抗するとは。
強い調子の声は命令と同じ効果を発揮したらしく、俺は手をふり払われた格好のまま一瞬動けなくなった。
「からかってんのバレてんだからね!」
本気ではなさそうだが、声が怒っている。
「あ、ぁあ、わり・・・」
「ベッドで寝てもいいから、あたしにさわんないで。・・・これ、命令!」
「ぁ・・・ん、ぃゃ、ハイ。」
・・・まさか命令までされるとは。
基本的にコイツは、俺に命令することを避ける。
これは、さんざんからかわれた事に対する、レイなりの仕返しなのかもしれない。
「あの、な、…レイ、怒ってる、のか?」
本気で怒らせたのか、さすがに心配になった。
おそるおそるかけた声は、自分でも情けくなる程小さい。
ちょっとからかっただけだ、まさかそんなに怒りはしないだろう。
それでも、もしかしたら少しは怒らせたかもしれない、嫌われたかもしれないと思うと、胸の奥で焦りがささくれ立ったツメを立てる。
自分は好かれているのだからこのくらい平気だ、と落ち着こうとしても得体の知れない感覚は止まない。
そのくらい、レイからの命令というのは珍しいものだったとも言える。
小さないくつものキズが、そわそわとうずく。
レイは、何も言わない。
やっぱり相当怒ってるのか?
「…レイ?」
「ん・・・くふー、くー・・・」
…寝てやがる。
「寝つき良すぎんだよ・・・」
気にするだけムダだったのかもしれない。
俺も寝ることにした。
怒っていないみたいだと思うと、妙な危機感もウソのように消えた。
◆
目覚ましを止める。
低いテレビの音と、コーヒーのいい香り。
頬杖でテレビを見る、見慣れた黒い小さな影。
「あ、おはょ、零さん。」
「おはようございます、ご主人サマ。」
反応がおかしい。
なんでだろう、と考えてレイは思い出した。
「あっ!昨日ごめんね?さわんないでなんてっ…」
言ってから、さらに思い出した。
すっかり子供に戻っているが、きのうの零はオトナだったハズで、そのせいで“さわんないで”などと言うハメになったのだ。
「あれ?零さん元に戻ったの?」
「今は、昨日のアレが本当の俺だ。どっちかって言えば、これは“変身”になる。…これなら、今まで通りなんだろ?」
「え?」
零が、レイの顔に手を伸ばし、指先が唇に触れる直前で止める。
「さわっても、いいか?」
「・・・ぇ?あ、うん。」
カラダのどこか奥から熱気が上がり、顔全体が火照る。
レイは、眠気からではなく頭がぼぅっとするのを感じた。
それから、痛み。
「ぃぎゃっ!」
唇がつねりあげられた。
「こ・の・ク・チ・がっ!俺に反抗したのが悪い。自業自得だからな。」
引きちぎる勢いで引っ張って、手が離れる。
ふん、と鼻息荒く零は憎々しげに零はレイをにらむ。
「いたーぃ、ごめんてばーぁ。」
涙目で謝る、いじめられっ子。
「命令を正式に撤回しろ、嫌われたくなければな。」
「取り消すぅ・・・ぃたいよー。」
「わかったら」
「さっさとメシ食って出てけ、でしょ?」
無表情の零が、手を上げる。
「ひゃっ」
またつねられるかと、レイが首をすくめる。
ふわっ、と頭に手がのせられた。
「わかったら、それでいい。」
そう言ってまた零は、すぐにテレビのほうを向いてしまった。
「変なの。でもやっぱ、こっちがいつもの零さんだよね。」
「昨日も今日も、俺は俺だ。」
「昨日と同じこといってるー。全然ちがうよー、昨日の零さん、なんかヤラしかったもん。」
レイの言葉にわずかに振り返った横顔は、目元がご機嫌ナナメ。
すかさず謝ろうとしたレイより一瞬早く、零が口を開いた。
「ああいう俺は」
言いかけて、やめる。
レイは次の言葉を待った。
「・・・いや、いい。さっさとメシ食って出てけ。」
「あー!またそれぇ。やだもーん、ゆっくり食べるもんね!」
レイはふざけて言い、笑った。
零は返事もせず、ふいとまたテレビのほうへ顔を戻した。
朝食は、甘くてやわらかいフレンチトーストが用意されていた。
昨日はごめん
本当は零も、そう思っている。
レイはそんな気がした。