続き
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あの“夢の中にいた俺”は、かなりの人数を渡り歩いたらしく、子供の姿には見合わない大きな力をたくわえていた。
おまけにそれが、何の抵抗もなく丸々手に入ったものだから、外見も急成長した。
もう“可愛い”なんて言われることは、ないだろう。
おかげで、ちょっと面白い。
テレビを見ている俺を、あいかわらずレイが遠慮もクソもなくジロジロ見ている。
俺は、お返しにこちらからも見つめてやった。
テーブルに手をついて身を乗り出すと、顔と顔はズイブン近くなる。
「そんなに見たきゃ、近くで見せてやる。」
レイは困った顔で固まり、息も止めてしまっているようだ。
さぞかし鼓動は高鳴っていることだろう。
こんな態度を取られると、・・・もっとかまってやりたくなる。
俺はなんて優しいんだろう、悪魔失格だ。
人差し指で、あわれな子羊の胸、少し上あたりをつつく。
「きこえる。」
言って、笑う。
「えっ?!やだっ!」
胸をおさえ、レイがうろたえる。
不様な姿が、単純に愉快だ。
「・・・くくくっ、んなわけあるか、バカ。」
「あー…零さんのウソつきぃ。」
スネた目で、軽くこちらをにらみつけてきた。
何でも信じるあたりは物足りないが、からかって面白いのは間違いない。
焦ったり困ったりしている顔を見ると、笑いがこみ上げてくる。
ま、本気で泣かれると気分は悪いが。
俺がコイツを手放したくないのは、もしかしたらこういう所なのかもしれない。
見ていたドラマが終わってしまうと、レイは
「お風呂はいっちゃお。」
と言って立ち上がった。
さりげなく俺も立ち上がり、後ろから耳元にささやく。
もちろん、色気たっぷりイヤラシク。
「お背中ながしましょうか?」
どうやらくすぐったかったらしく、レイは耳を押さえ、赤くなりながら必死で首を横に振った。
笑える。
こらえる。
「エンリョするなよ、俺はお前の下僕なんだ。」
誘う微笑み。
本当は、声を出して笑ってやりたい。
その間抜け面を。
すると、俺のエモノはちょっとした抵抗を見せた。
「違うもんっ、そんなんじゃないもん!零さんは」
「彼氏、とでもいいたいのか?ちっちゃなご主人サマ。」
少し背を丸め、視線を合わせてやる。
まだもとの状態には ほど遠いが、それでも俺のほうが全然背は高い。
と、いうよりレイは、人間の女の中でも小柄なのだ。
その小さなご主人サマの言い分は、というと。
「“零さん”だよ。…彼氏はー、あの、できたらぁ、これから…ね?」
照れ笑いで、俺の表情をうかがう。
多分俺は、呆れた顔でもしていたのだろう。
「・・・」
「うん、ムリだね。わかってましたぁ。じゃ、お風呂いってくるね…ついてこないでね。」
わかっているなら、命令でもすればいいものを。
もちろん、風呂の件じゃない。
主人の命令ならば、彼氏のフリくらいしてやる、ということだ。
が、肩を落としたレイは、俺の鼻先でドアをぱしん、と閉める。
「俺は、人間のオトコじゃないんだからな。」
どうせアイツに言ってもわからないだろうが、口に出してみる。
それが届いたかどうかは、わからない。
レイが風呂を済ませて戻り、しばらくすると俺は気づいた。
警戒されていることに。
ちょっとからかっているだけなのに、レイは話しかけてこようともせず、こちらの様子をうかがっている。
「何だよ。」
「…何が?」
気まずい。
気にはならないが、今からかっても不発に終わるのがわかっているから、何ともつまらない。
おまけにその後、俺がベッドに入ることすら拒絶してきた。
「一緒に寝るのぉ?」
先にベッドに入った俺に向かって、迷惑そうにぬかしやがった。
今さら床で寝る気はない。
予備のマットレスを敷いても、寝ごこちは断然ベッドのほうが上だ。
「何だよ、昨日まで一緒に寝てたろうが。」
「だって昨日はぁ!」
「昨日も今日も、俺は俺だ。」
「うぅ…じゃ、じゃあ、失礼しまーす。」
まだ多少納得のいかない顔をして、しぶしぶレイが隣に入ってきた。
俺は、照明のスイッチに向かって、わずかなチカラを飛ばした。
明かりが落ちる。
枕元にスイッチはなく、暗くしてからベッドに入ろうとすると、レイは色んなモノを蹴飛ばすので、これは俺の仕事の一つになっていた。
さて寝ようか、と思うと。
「狭い。」
くっつかないとベッドからハミ出してしまいそうな状況を、俺は口に出した。
「だって零さんおっきくなっちゃったじゃん。」
不服そうなレイの声。
「横むきゃ少しマシになるか。」
「何でこっちむくの?」
「別に。」
ただからかってるだけだ。
どんなに警戒しても、この距離では無駄。
コイツに許される選択肢は、寝たフリ・照れる・恥ずかしがる、くらいしかない。
寝たフリに関しては、俺の攻撃に耐え切れれば、の話だが。
「じゃ、あたしもあっち向く。」
バカな女だ。
「寂しいだろ。」
甘えた声を出して、俺はレイの肩をつかみ自分のほうを向かせた。
さあ、ムダにときめけ。
全力の肩透かしをくらわせてやる。
(続)