続き 2
さっきの、続きだった。
零でない零が、目の前にいる。
光る瞳が、まだレイを見ていた。
「逃げたな?」
いつのまにか、首にまきついていた彼の手。
指に、チカラがこめられる。
一度起きたハズの自分を、夢の中に呼び戻したのは彼なのかもしれない。
「お前は、もう、目覚めない。」
何の感情もないしゃべり方は、今でもする。
けれど、それがこんなに冷たく響くことは、最近では ほとんどなかった。
でも、出会ってすぐの頃はだいたいこんなだったなぁ。
恐怖に混じる、ほんのわずかな懐かしさ。
を、我ながら少しおかしいと感じた瞬間、痛みでまた目が覚めた。
「−・・・ひ・らぁーぃ(痛い)!!」
頭が浮くほど、頬をつねりあげられていた。
「じゃ、さっさと起きろ!言っとくが最初はもう少し手加減したんだからな!!」
全部言い終わってから、零は手を離した。
いいかえれば、零が全部言い切るまでレイは頬から吊られていた。
もちろん、ぎゃあぎゃあ騒いだ。
すっごく痛いから。
当然零は気にしない。
ちょっぴりイラっときてたので。
「こっちが話してる間に寝やがって。バカにしてんのかテメーは。朝まで一睡もできないようにしてやろうか?あァ?」
「ごめんなさいゴメンナサイきゃーっ!それでえっと、何の話だっけ?」
ご ち
「あいたっ」
脱力した零のヒタイがぶつかり、レイは地味に痛がる。
「お前は・本当に・ドマゾだな。」
低くこもった声は、どうやらご立腹らしい。
「そんなに」
言いながら零はレイに、ごちっとヒタイをぶつける。
「あいたっ!」
「体罰が」
ごちっ
「あづっ!」
「欲しいのか?」
ごちっ
「いだぃって!」
「あぁん?」
怒涛の連打。
ご・ご・ご・ご・ご・ご・ご・ご・ご・ご(10Chain)
「いたいたいたいたたたたたたーぁっ!イヤッ!」
「イヤなら話くらいちゃんと聞けっ・・・ん?」
突然、零は怒るのをやめると、表情をひっこめた。
視線だけを動かして、部屋の中をチェックしている。
その目が、レイの後ろ、ベッドのふちあたりで止まった。
レイも振り返る。
そこに、白い手があった。
手の後ろから、黒い髪をした頭が上がってくる。
ぼんやりと光る、恨めしそうな目が現れた。
「二度も、俺から、逃げたな。」
光る瞳は、暗い室内の様子がうっすらわかるほどになっていた。
「・・・ゃ、いやぁーっ!」
レイは、悲鳴をあげた。
思わず、零のたよりない体に抱きつき、薄い胸に頬を強く押し付ける。
零は、動揺もなく言った。
「ありゃ俺だろう、何が怖いんだバカ。」
「怖いっすごい怖い!何とかしてよ零さん!」
顔をあげることなく、ひたすらその恐怖から目をそらしたまま、レイは懇願した。
気を悪くすることもなく、むしろ満足げにフン、と鼻で笑うと、零は落ち着き払った声でもう一人の自分に話しかける。
「・・・もうわかってるんだろう?だから襲ってこないんだよな?」
そういえば、何もしてこない。
疑問に思ったレイは、恐る恐る後ろを振り返る。
もう一人の零は、心なしか驚いた表情を浮かべ、ただ立ってこちらを見つめている。
正確には、零の顔をじっと見ていた。
ゆっくりと、口を開く。
「お前の、名は。」
「名前、ね。ゼロって書いて、れい。お前の捜してた名前は、これだろう?俺の名だ。」
訊かれてすぐに、零は目の前にいるものが、名前を頼りに自分を探していたとわかったようだった。
もう一人の零が、無表情のままベッドの上へあがってくる。
「ひゃっ!」
驚いたレイは、再び零の胸へ顔をつけて、目を固く閉じた。
肌の上を、頭の中を、胸の奥を、体中を、冷たい空気がすぅっと通り抜けていった。
不意に、両腕をつかまれる。
「もう、平気だ。」
零は強引にレイを引きはがすと、それだけ言って、さっさとフトンをかぶって横になってしまった。
「え?え、え?」
周りを見回すと、何が起きたのか自分たち以外部屋には誰もいない。
「あ・・・、よかったあ、怖かったぁ。ありがと、零さん。」
返事はない。
横になったまま身動きもしないカタマリは、気のせいかいつもより大きく見えた。
その背中に安心感を覚えたわけではないが、ほっとしたレイはまたも一瞬で眠りにおちていった。