続き 2
確かにはじめはイヤイヤだった。
しかし、彼はやがて気づいた。
この生活、この部屋の居心地のよさに。
レイといる時間の中、ゆるやかにただよう安らぎに。
それを、いつしか気に入っていたことに。
なら、この生活も、あの女も俺のもの。
そう決めた彼はずうずうしくも主人であるレイに、彼女の“イチバン”になりたいと要求をし、自分の意思でここを居場所と決めたのだった。
一方、レイにしてみれば、願ったり叶ったりというか、どんと来い、である。
何と言っても好きな相手であるし、イチバンになりたい、と言っていても、いまいち“好き”とは違う感じのする彼の気持ちを、もっと自分に向かせるためには一緒に過ごす時間は多いほうがいい。
ましてや、それを彼が望んでくれるならばいうことなしだ。
好かれたい、そう思うがゆえに彼にあまり逆らえず、また、その想いゆえの努力を毎日おこたらないレイだったが、それが正解かどうかは誰にもわからない。
さて、レイのいままでの努力が実ったのか、そうでもないのか、彼女に対しては少しだけ気を許している零が、なぜ彼女そっくりのその兄をイヤがるのか。
まず、レイの兄、鳴神御雷は趣味ではないだろうが、時々女装をする。
過去に零がまだ大人の姿だったとき、レイの彼氏と間違えられ、女装姿の御雷に迫られたことがある。
妹命の兄が、二人を引き裂こうと画策したものだが、原因はそれではない。
女装はよく似合っていたから、零は特に気持ち悪いとも感じなかったし、気になるほどの事はされていない。
次に、御雷はドSの上に重度のシスコンで、それはそれは入院治療が望ましいほどの患いっぷりだが、それも理由にはならなかった。
悪魔というのは、心に闇を作りがちな病んだ(毎回女装で妹の彼氏を撃退するのだから、病んでいるのはまちがいない)人間と相性がいいのである。
ただし、当初気にならなかったそのシスコンも、レイに対して独占欲が芽生え始めてからの零にとっては、少々ジャマと言えるようになってきた。
とはいえ、それは毛嫌いの理由ではない。
そのうえさらに御雷は、性格がねじまがった気分屋だったが、それも悪魔の零にとっては、親しみすら覚えるような要素でしかない。
では何がいけないかというと、欠点は妹と同じだった。
う ざ い のである。
今の零は、見た目が可愛らしいとはいえ、10歳くらい(に見える)の男の子である。
その零に、べたべたまとわりついてはヒザに座らせてみたり、抱きついて寝たりと、ヘンタイじみた可愛がり方を繰り返すのだ。
おまけに大抵酔っていて、飲んだ帰りに寄ったり、レイの家で飲み始めたりと、パターンは違っても、零の知る御雷はいつも飲んでいた。
ピポーン ピポーン ピポピポピポピポーーーーーン!
そのウザい兄のおでましらしい。
さきほどの電話から一時間ほどたっただろうか、ドアチャイムのこの鳴り方は間違いなく御雷だった。
頭のおかしい人間が、この部屋の住人にイヤガラセをしにきた可能性も、限りなく低いが考えられる。
零としては、後者のほうがまだマシだ。
主人の兄に危害を加えるのは零にとって危険なことだが、他人ならばどうとでも始末できる。
そう、始末してしまえばいい。
御雷もそうできたらどんなにいいか、と思いながら、それが不可能であることを知っている零は、小さく舌打ちする。
どっこらしょ、のリズムで重い重い腰を上げ、零はドアを開けに行く。
ドアが開ききる前に、飛び込む勢いで御雷が入ってくると、零を抱きしめた。
「お待たせっ!俺だよ!!」
「・・・」
「ごめーん、零さん。」
ハートつきのセリフを吐く男に、零はウンザリと黙ったまま、後ろにいたレイは苦笑。
そのレイに向かって、零が訂正する。
「な・ゆ・た」
ハッとして、レイが言いなおす。
「あ、そだ なゆくんだよね!」
ややこしい事だが、大人の状態の零に会ったことがある御雷の前では、コドモの零は、なゆたと名乗っていた。
レイに零だけでもややこしいのに、三人目の“れい”が現れては混乱してしまう。
そして、零としては大人とコドモの零が同じ存在で、かつその姿を自由に切り替えられるなどとは知られたくない。
なぜなら、 め ん ど く さ い 。
(続)