5 渡り歩く影
「友達の友達から聞いたんだけどさ。この話聞くとね、夢みちゃうんだって。」
そう言ってウエイトレス仲間の日向寧々子、通称ネコが話した内容は、彼女と一緒に休憩に入ったことを呪いたくなるモノだった。
少なくとも、怖がりのレイにとっては。
「なんでそんな話すんのー?」
非難がましい声でネコをせめても、もう遅い。
話は、よくありそうな怖いウワサだ。
夢に男の子がでてくる。
この話を聞くとその夢をみてしまう。
名前を聞かれるから、答えないと二度と目を覚ますことができなくなる、というもの。
名前を答えるときに、漢字でどう書くかまで説明できないと、やはり目覚めることができないのだという。
「あははっ、ただのウワサだよー。ミミなんか途中で怒っちゃって最後まで聞かなかったけどね。」
ミミ、というのもウエイトレス仲間で、派手な化粧と金髪タテロールのツインテールが印象的な、スタイルのいい女の子だ。
少々、性格がキツい。
「ミミちゃんも怖かったんだよきっとー。ネコちゃんのいじわる。」
スネた表情でレイが軽くにらむと、ネコは悪気のない様子で笑って、ゴメンてー、とあやまった。
◆
「ほら、来い。」
ベッドの上の零が、レイの腕をつかんで引く。
「やなぁ。」
やだ、と言ったつもりなのに、ロレツが回らないレイ。
「半分白目でキモチ悪いんだよ、さっさと寝ろ。」
ふだん寝る時間は、とっくに過ぎている。
時計は3時を回り、夜に強いわけでもないレイは、落ちる寸前だ。
眠気と必死で戦う彼女の目は、半分とじかけていて、意識が飛びかけるたび、白目をむいた状態になる。
それでもなお逆らってベッドに入らず、首を振って零と眠気に抵抗する。
零は、低くつぶやく。
「何だか知らんが・・・強情なヤツだな。」
彼の姿が、一瞬そのシルエットをくずす。
ふたたび形となった姿は、はるかに大きい。
「うぅ?」
久しぶりに見る大人の零に驚いたレイが、疑問符を含んだ声を出した。
肩と、ヒザのあたりに、妙に細長い彼の腕が回り、レイはあっと言う間にベッドに横たえられた。
「ただでさえなかなか起きないくせに、俺の負担を増やすな。」
からみつく低い声は、本来の彼のもの。
半分レイにおおいかぶさる格好の零から、長い黒髪が遮光カーテンのように垂れ下がる。
レイの目に映るのは、黒い背景に浮かぶ零の顔だけ。
少しだけ、目が覚める。
自分が恋した、白い顔。
見つめるほど寂しさを感じる、淡い色の瞳。
傷口に似て紅い、薄い唇が、にぃと笑った。
「見とれるほど好きか?俺が。」
瞳をうるませたレイが、小さくうなずく。
眉を寄せ、悪人の顔でくっくと笑うと、零は一瞬で元の子供に戻った。
「なら逆らうな。」
声も、子供に戻っていた。
どうやっているのか、いつものように手も触れず部屋の照明を落としながら、自分もレイの隣に寝る。
「ぁぃ。」
聞き取るのがやっとの小さな返事をした、とほぼ同時にレイは眠りに落ちていた。
軽いイビキまでかいて。
その小さな音を聞き、零は鼻で笑った。
(続)