続き 4
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微笑んでいるレイの寝顔を、朝の日差しが清々しく照らす。
その頬を、零はわりと思いっきりつねりあげた。
目覚ましを反射で止めて、二度寝しているようなイギタナイ(寝穢い)ヤツに、遠慮はいらない。
「イターイ!」
甲高い声に、零は顔をしかめる。
「目覚まし止めたんなら起きろ。ニヤけた寝顔しやがって。」
吐き捨てた零に、レイはそぐわない笑顔を向ける。
「だってーえ、スゴくいい夢だったんだもん。」
俺、だろうな多分。
自意識過剰な零の考えは、しかしこの場合かなりの確率で正しい。
あの“生霊”状態が無意識下であっても、零に“よしよし”された事が夢に影響する可能性は大いにある。
「そうか よかったな。さっさとメシ食って出てけ。」
言うだけ言って零は耳をふさぎ、フルパワーで聞きたくないという意思表示をした。
どうせ聞くだけで耳が腐りそうな、イタい夢に違いない。
「ちょーシツレーなんですケド。」
ふくれっ面で文句をたれつつ、のろのろとレイは起き出した。
レイが着替える間も、化粧をする間も、零はさりげなく振る舞いながら絶対に彼女の方を見ない。
それは気づかいではなく、見られたレイのリアクションを想像するだけで疲れるからだ。
興味もない。
“悪魔”が繁殖行動を取るのは見たことがないし(そもそも悪魔同士が出会えば即殺し合いだ)“つがい”にも出会ったことがない。
まして零は、性欲のたぐいを主食にする“淫魔”でもない。
レイの心がどっちを向いているか、に関心はあっても、そのカラダが出っぱってるとか引っこんでるとかは、どーでもいい。
「じゃ、そろそろ行くね、零さん。」
レイが立ち上がり、バッグを肩にかける。
「カギ、閉めてやる。」
「え?あ、アリガト。」
少し驚いた顔のレイ。
普段、そんなことすらしない居候だった。
とはいえ。“悪魔のいる部屋”に、施錠が必要かどうかは疑問だが。
靴をはくレイのすぐ後ろには、零がいる。
「零さんがお見送りしてくれるの、何かヘンな感じ。」
小さく笑いながら、レイが零の方へ向き直る。
「そういう日があっても、いいだろ?」
笑うことも、怒ることもなく零が返す。
「そういう日、ってことは、今日だけかあ。」
そう言いながら、はじめから期待していなかったらしいレイは残念がる様子もない。
「毎日してほしいなら命令すればいい。」
「それじゃ意味ないのー。じゃ、いってきまーす!」
一言 反論してから、レイは微笑んだ。
だらしないくらい油断しきった、曇りのない笑顔。
見慣れすぎていて、これこそが本来の顔つきとも思える顔。
「ん。」
短すぎる答えに見送られて、たよりない背中が出て行く。
出たところでまたすぐ振り向いて、勝手に閉まろうとするドアを押さえて小さく手を振ってきた。
それには追い払うしぐさで答え、零は内側からドアノブに手をかける。
「じゃね!」
それであきらめがついたのか、それでも音符がちりばめられていそうな楽しげな声を出すと、レイは今度こそ歩き出した。
数歩分、それを見送ると零はレイの背に声をかける。
「俺はお前を彼女とは思ってない。が、俺なりに気に入ってる。それで満足しとけ。」
大きくも小さくもない、温かさもないが、けれど決して冷たくは聞こえない声で。
振り返ったレイの顔が、笑顔になりきる前に零はドアを閉め、施錠した。
想像するだけで疲れるレイのリアクションなんて、わざわざ見たくもない。
少ーしだけ、零のことがわかってきたらしいレイは、それで彼の意思を感じ取ったらしく、そのまま出かけていった。
その日、帰ってきてからもレイは幸せそうでメンドくさかったが、元気がないよりは多少うっとうしい方が彼女らしい。
面倒なはず、なのに今日はそれが少し楽しい。
変わっていく自分を、零は感じ取っていた。
そこには、不安と、疑問が同居する。
けれど今は、まだこのままでいい。
このままでいたい、そう望んでいた。