4 オトナ、とかコドモ、とか。
後になって思えば、前日
「こないだユゥちゃんに言ってた“彼女”ってぇ、もしかして、やっぱり・・・あたしだったり…する?」
期待をおさえきれない顔で訊いてきたレイに、テンション激低で
「は?」
と、返したのも、無関係とはいえないのかもしれない。
◆
いつも家にいる零を気づかう、というよりレイはただデートがしたいだけだった。
「ねぇ零さん、あした映画みにいこっ、映画。」
情報誌を手に、レイはうきうきした表情をしていた。
「ぁ?」
それに対して、零は声のトーンで小さくウンザリしていることをアピールするだけだ。
「これこれー、あたしこれ見たくて、ちょっと付き合ってほしいなーって。でぇ、できればその後一緒に買い物とかー、ね?」
ここで遠慮するのなら、最初から話しかけないほうがマシだ、とレイはさらにおねだりをくりだす。
零の方には、使い魔の契約によりじわじわと義務感が生まれ始めていた。
淡いそれは、従わなければ落ち着かないものの、無視しても影響はない。
というのも、レイの言葉は決定を相手にまかせたもので、どう聞いても命令には聞こえないからだ。
命令であったとしても、すぐに零は撤回させてしまったりするが。
その交渉は、多少の精神力を必要とするものの、反抗にはならないようで、特に不利益は生じなかった。
この場合もそうだ。
「気が進まない。あきらめろ。」
交渉というよりは、逆にこちらのほうが命令にきこえる。
「えー、とりあえずほら見て見て、これ!」
すぐ隣にくっつくと、レイは雑誌を零の目のまえに持ってくる。
零の小さな舌打ち。
「近い近い、・・・ん?これは・・・おい、こっちにしろ。これなら見に行く。」
「・・・え?マジで?・・・って、えー?これえ?」
一瞬喜んだものの、零の指差すタイトルを見て、驚きつつあきれた声を出すレイ。
そのレイに、あぁ、と答えた零の顔が真剣だったため、渋々“それ”を見に行くことにしたのだが。
◆
次の日、レイが起きると零の姿はなかった。
ボーゼンとし、考える。
デートすっぽかされた?
いやいやいや、だって自分で見に行きたいって言った映画だし。
でも、油断させておいて、とかあの人ならやる気がする。
えー、超ショックなんですけどお。
てかやっぱあたしの事なんか全然、なんとも思ってなかったんだぁ。
零さんにとってめんどくさいんだ、めんどくさいんだあたし。
ぐるぐると悲観的なことを考え、レイが泣き出しかけたころ、玄関のドアが開く音がした。
白い顔がのぞく。
「零さん!」
ベッドから玄関へ駆けだす。
「な・ゆ・た。」
軽く迷惑そうな顔をした零のうしろには、なぜかユゥちゃんがいた。
「おはよーレイちゃん、ねー髪の毛くらいとかせばぁ?きゃはは、アタマはねてるぅ」
「ゆーっ、ちゃっ、えっ?!今日、どしたの・・・」
からかわれたのに気づく余裕もなく、レイはカミカミで質問するのが精一杯だった。
「今日はぁ、なゆとデートぉ!きゃーっ、きゃははは!」
自分の声よりさらに高いユゥちゃんの声が、寝起きのレイの耳にキンキン響いた。
「デートって、なゆくん、そうなの?」
デートは、あたしとじゃないの?
とは思ったが、状況からして間違いない。
間違いないが、抗議の意味をこめてレイはきいてみた。
「そうだな。それから、学校のことは心配ない。担任には、俺からよく言っておいた。」
そういえば今日は平日なのだが、どうもユゥちゃんを学校から連れ出してきたらしい。
零の言う、よく言っておいた、とは多分、暗示をかけてユゥちゃんがいると思い込ませたとか、まあつまり“そういう”ことだろう。
ということはレイの今日の役割は、ユゥちゃんと零の保護者になることだ。
デートじゃない上、子供をつれて電車で映画館へ行って、きっとお金も自分もち。
文句を言おうとしたレイを、零が制した。
「ユゥも好きなんだよ、“アンパンジャー”」
(続)