続き 4
もちろん、本人の言葉ではないからだ。
パッチリと目をさました優奈は、目の前に大好きな なゆた の姿を見つけると、はしゃいだ声を出した。
「なゆ!どしたの?なんでウチにいんの?」
それから、一瞬黙り込む。
「あ・・・ごめんね!もう、怒ってない?」
最後に会った彼を思い出したらしく、顔を半分フトンに隠しながら、不安げに零の顔色をうかがう。
そして、目が合った瞬間、優奈はまぶしさに目を細めてから、不思議そうな表情に変わった。
「・・・なゅ・・・なゆ、今までどこいってたの?ユゥちゃんずっと待ってたんだよ?!」
急に不満を訴えだす優奈は、もうニセなゆた の記憶を持っていない。
本人ともども、永遠に眠ったのだ。
これから優奈と付き合っていく上で、あのニセモノのベタ甘な言動の記憶は、零にとって大変ツゴウが悪かった。
「言わなかったか?俺は、体が弱いんだ、ユゥ。だから、ちょっと入院してた。」
この場合、彼の顔色はむちゃくちゃ説得力があった。
「えー!だいじょーぶー?!」
すっかり信じて心配そうにする優奈に、零は罪作りな笑みをくれる。
「あぁ。」
この肌の白さは本当に便利だ、そう思っての笑みだが、あいにく優奈にはわからない。
病弱に見えるから、会いたくないときは寝込んでるとか言えばいい。
実は、使いなれているテだった。
「そっかあ、よかったあ。」
優奈も笑う。
ニセなゆた を受け入れた零は、もう以前のようにその笑顔を不快とは思わない。
「なぁユゥ、今は夜だから、もう寝ろよ。」
ひととおり丸く収まったことだし、正直これ以上優奈の相手をするのが面倒になった零に、誰が彼女を起こしたのかとツッコむ人間がここにはいなかった。
「ぇなゆ帰んの?」
優奈は不満顔だ。
「夜だからな。」
零は、零だからその表情を意にも介さず、答える。
「やだやだぁ!もっといて?」
「だーめだ、またな?」
面倒くささを隠すことさえしない、声と顔。
「えーだって久しぶりなんだよ?」
ワガママ少女は、そのくらいではあきらめてくれない。
これの、どこが良かったんだ。
そう思って、軽いデジャヴを感じる零。
なんだ、この感じ・・・。
ほぇえ、と気の抜けた音が聞こえて来そうなほど油断した、見慣れた笑顔を思い出しかけて反射的にそれを頭から追い出す。
考えるだけで、疲れてしまいそうだから。
そんなことより、いまは目の前にある面倒をなんとかしなければならない。
「キライになるぞ。」
とりあえず脅迫する、“悪魔”零。
かといって、ただ今は面倒になってきただけで、もう顔を見るのもイヤというわけではない。
そのうち、日を改めてなら相手をしてやる気でいた。
もっとも、からかったり、悪知恵を入れたりしながら俺色に染めて、立派な悪女ってやつに仕上げてやろう、などと考えているのだが。
「やだ!じゃ明日、明日あそぼ?」
困った顔で優奈が妥協案を出す。
「明日、はムリだな」
面倒だから、と零は心の中で後半付け足す。
「じゃあさって!」
「そのうち。」
「えぇえー!」
納得できるハズもないテキトー回答に、ユゥちゃん大ブーイング。
そこに、少し大きめの零の声がかぶる。
「今寝るなら!おやすみのちゅーしてやる。」
「寝る!」
即答した優奈は、おませさんだ。
「寝るんだから、目ェ閉じろ。」
零の言葉に、素直に応じて目を閉じる。
気のせいみたいに軽い、冷たい感触。
すぐに優奈は目を開けてしまう。
部屋には、もう誰もいない。
「なゆ?」
声をかけても、答えはなく、幻覚とも思える不確かな体験。
それでも、唇に手を触れ、優奈は嬉しそうに微笑むと今度こそ本当に眠りに付いた。
次の日、何事もなかったように起きてきた優奈に両親は目ん玉飛び出させて驚き、学校に行ってみれば長い間休んでいたと聞かされ、心配していたみんなにズイブン歓迎された。
公園で転んで、頭でも打ってしまったのだろう、ということになった。
優奈にとっては、妙に記憶がとんでいて、それがどこからかもアイマイで変な感じだったが、そう言われてみればそういう事のような気もした。
(続)