続き 2
自分を突き動かす、この興味がどこからくるのか、彼にはわからない。
あるいは、これもニセなゆた のせいなのかもしれない。
そうだとしても、見たいものは見たいのだ。
優奈の名を出されても、“彼”は泣かなかった。
淡い喜びと、静かで確かな存在感を持った悲しみとが、胸ににじみ出す。
ニセなゆた のものだ。
零にはまだ、ニセなゆた の意思は見えない。
「ねぇ、連れて行ってボクを。ユゥちゃんのところに。」
優奈の母の瞳を見つめ、ニセなゆた が力を注ぐ。
思い通りに動かすために。
だがやはり、未熟だ。
ただの人間に暗示をかけるのに、必要以上の無駄なエネルギーを使いすぎている。
“悪魔”の視線は、目が合えばそれだけで正常な判断を邪魔するくらいの力は持っている。
実体を持つ零くらいの“悪魔”になると、念じれば相手の精神を破壊することもたやすい。
感情や思考が密集し、凝縮された存在である零たちは、精神的な世界において不可能はほぼない。
そして、人間と精神は切り離して存在できない。
死しても、なお。
いや、死してしまえば、なおさら。
感じる心がある限り、“悪魔”の影響を受けないでいることは不可能だ。
いま零の目の前にいるのは、もっとも影響を受けやすい“おシアワセに生きてきた普通の人間”。
軽く思うだけで、相手は言いなりになるハズだ。
それを、ニセなゆた は全力で操ろうとしている。
りきみすぎだ。
さすがにそれは止めた。
余裕は出てきていても、まだ以前と比べれば弱すぎるほど弱い自分の力を、そう無駄遣いされてはたまらない。
すぐに止めさせたものの、元々そんなにチカラのいることでもなかったから、優奈の母はもうすっかり催眠状態になっていた。
「そう、ね・・・優 奈、に・・・会って、あげて?」
見舞いにきた友人とでも思わせたのか、優奈の母はそう言って、ふらふらと歩き始めた。
カラダをゆすりながら、夢遊病者のようにふらふら、ふらふらと。
危なっかしい彼女の手を、零が、ニセなゆた が握った。
「おばさん、手ぇつないでこ。」
ニコリ、と可愛らしく笑った彼は、もうすぐ優奈に会える期待に胸をおどらせていた。
それだけなら、零はすぐに意識を全て自分に戻していただろう。
彼はニセなゆた を見守り続けた。
だんだんと大きくなっていく期待、そこへ時折 寄せる、とても静かな、ひどく冷たい波を。
それは寂しさ、と思えた。
この先が、わかった気がした。
それは、多少のわずらわしさを零にもたらすのだろう。
それでも、見逃してやる気になれた。
いつのまにか、少しずつ理解できるようになってきていた。
わからなかったハズのニセなゆた の考え、気持ち、その行動の理由。
“悪魔”にとって意味のないそれを、打ち消す気にはならなかった。
バカバカしいのに、否定しようとは思えない。
この世に未練を持った死者たちは、思い通りにさせ、その未練を消してやることで残った存在のほぼ100%を力として吸収することができた。
逆に、力ずくで吸収しようとムリに存在を壊してしまえば、取り込める力はその一割にすら満たない時がある。
合意の上かそうでないかで変わる、エネルギーの吸収率は、生きている人間相手でもだいたい同じだ。
たいていの場合、最後は死ぬのだし。
だから“悪魔”は契約をする。
相手を壊す過程を好むモノ以外は。
もっとも、零がうっかり結んでしまった人間との主従契約は、かなり特殊でこの限りではないが。
ともかく零は、この無意味な願いを叶えてやろうと思った。
自分の中にありながら、ひとつになりきれぬニセなゆた の、その未練をなくしてやれば、おそらく完全に自分になじむだろう。
やりたいように、やらせてやる。
ニセなゆた が自分の一部なら、その願望も、自分のものと思ってやってもいい、そんなことすら考えていた。
(続)