続き
俺が、怖いか?
零はそう訊こうとしたが、またもやカラダが彼を裏切る。
口走ったのは、全く違う言葉だった。
「おばさん、ボク、幽霊じゃないよ。」
本当のところ、この公園でウワサになっていた幽霊とはニセなゆた に他ならず、この弁解をした本人だった。
大ウソだ。
それが見抜けるハズもないが、“おばさん”と呼ばれた優奈の母親は、その言葉を無視し、意を決した表情でこういった。
「優奈を、あのコを元に戻して!」
公園の幽霊のウワサが本当なら、自分の目の前にいるのが、娘をあんなふうにしてしまった相手だ。
優奈の母親は、今まで普通に生活してきた人間を、一晩にして、正確には一瞬で廃人にしてしまう“幽霊”と、対決する覚悟を決めたようだった。
この言葉に、優奈を誰よりも大事に思っていたニセなゆた が、どう反応するのか零にはわからない。
零は誰かを大事だと思ったことも、それを失ったこともないからだ。
あの時のように、不様に泣くのだろうか、と少し不安になる。
自分のほんの一部だとはいえ、少しでも本気で泣いている所など誰にも見られたくはない。
だからといって、零はニセなゆた の行動を止めるつもりはなかった。
どうなるかわからないからこそ、見てみたいと思ったのだ。
自分にすらわからない、もう一人の自分を。
間違いなく自分の一部でありながら、全く理解できない、だから予測もできない。
特別な契約をしたわけでもない、たかがそのへんの子供一人に全存在をかけて執着するようなことなど、理解できるはずもない。
悪魔でありながら、人の心を奪ったことを後悔し、最後は許しを請うた。
気に入ったのだから、悪魔なのだから、人の心を奪い、喰らうことに後ろめたさなど感じる必要はない。
自分のものになったハズの その心が、失われたと感じるのは、あまりに人間的だ。
だが、ニセなゆた はユゥちゃんの心を奪った事を後悔し、それが失われた事を悲しんでいた。
それは、愛するものを失った人間の反応によく似ていた。
その一方で、他の人間をためらいなくエサとしてむさぼり、害した。
命を取らなかったのは、単にそのやり方がよくわからなかっただけだろう。
“本体”である零の記憶すらない、まるで生まれたての魔物だったのだから。
優奈に対する、人間的過ぎる反応。
他に対する、悪魔らしい反応。
それが自然に共存する、ニセなゆた。
もう一人の自分。
人から生まれた魔物が、人に似た部分を持つのは一見当たり前のようだが、ニセなゆた が優奈に見せたような反応は、“悪魔”という種にはありえないものだった。
“悪魔”は、気に入った人間を喰った後に、満足することはあっても、悲しんだりはしない。
彼らの天敵とも言える“天使”ならば、自然なことだろうが。
時に“天使”であり時に“悪魔”。
まるで、人そのものだ。
予想のつかない“自分”の可能性。
それを、零は見ておきたかった。
見てみたかった。
無性に。
(続)