続き 8
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「あっちいこう、ユゥちゃん。ボクのいた森。ジャマな大人が来ても見つかりにくいし、居心地もいいんだよ。」
そう言ってユゥちゃんを抱き、公園の奥の森へつれていこうとした なゆた に、声をかけるものがあった。
「みーつけた、ってな。」
光る目で、なゆた が振り向く。
「ム、ダ、だ。」
動じることもなくそこに立っているのは、彼と同じ姿をした少年、零。
「お前は・・・ボク?」
「俺がホンモノ。」
言ったと同時に、すごい速さで何かが自分の方へ伸びてくるのを感じとり、ホンモノではない方の、いわばニセなゆた はユゥちゃんごと身をかわす。
コウモリのそれと似たカタチをした黒い翼が、今まで彼の居た場所を突き刺していた。
「なにっ?」
「大人しく俺の体に戻るか、惨殺されるか。選ばせてやるよ。」
余裕たっぷりに、零が言った。
選ばせるのは、できれば大人しく戻って欲しいからだ。
そのほうが、無駄なく相手をエネルギーとして吸収できるからである。
自分と同じ姿に動揺するほど、零の感覚は人間的ではない。
「やだ・・・ボクは、ユゥちゃんといるんだ。」
零をにらむニセなゆた の目が光り、彼はそっとユゥちゃんを地面にねかせる。
「・・・俺のクセにあんまり頭の悪い事を言うな。もともとユゥが好きなのは本体の俺だぞ?だから大人しく戻」
呆れた声を出す零に、叫びながらニセなゆた が飛び掛る。
「ちがーうっ!ユゥちゃんはボクを!ボクは、ボクのほうがユゥちゃんを好きだ!」
ニセなゆた が零に馬乗りになり、零は背中を地面に打ちつけながらもニヤ、と笑う。
零の背から伸びた黒い翼が、いつのまにか左右から交差し、ニセなゆた の首にあてがわれていた。
カタチも、大きさも、硬度でさえも自在な零の翼は、このまま、彼の首をギロチンのようにはねることなど造作もない。
もちろん、何の感情もなく。
「じゃ、このまま死ぬか?」
ただ相手の表情を楽しむために、零はそう聞いた。
怒りか、死への恐怖か、はたまた敗北への悔しさか。
ゆがんだ顔は、そのどれでもなさそうでいて、けれど零を喜ばせた。
「くくっどうした?いい顔じゃないか・・・怖いのか?喜べ、とっても・・・痛くしてやる。」
下品なくらいに興奮を隠さない表情で笑い、声音にも愉悦の色がありありと出ている。
久々に悪魔らしく相手を殺せることに、少々酔っているのかもしれない。
「怖いんじゃない・・・わかんないのか?ボクのくせに。」
零にはわからない何かの感情でゆがんでいる、ニセなゆた の表情に、さらにくやしさがにじむ。
涙が、彼の目から零の頬に落ちた。
「何だよ・・・」
その感触のせいか、上がっていた零のテンションは落ちてしまい、ニセなゆた の言葉のその先を待つ。
「悲しいんだ、・・・ユゥちゃんと、・・バイバイなのが。」
「はぁ?」
零の目の前にいるのは、もうただの泣いている子供だった。
「うっ・・・ぅえええんっ、えっ、えぇーーーん!」
自分がもし泣いたら、こんなみっともない顔になるのかと冷静に観察する零。
ウルサイし面倒だから、話すのはこのへんにして、さっさと殺してしまおう、と思う。
ニセなゆた の細い首に、あらためて左右から翼が襲い掛かろうとした瞬間、彼が泣き声の間から最後の一言をつぶやいた。
「ユゥちゃんごめんね、だいす・・・」
言い終わらないうちに、首と胴がはなれ、人間めいた血しぶきを出すこともなく、そのカラダは一瞬黒い影絵を描き、あとかたも無く消えた。
すべて空気に散っていく前に急いでそれを取り込んだ零だったが、エネルギーは期待したほど多くは残っていなかった。
それでも、ユゥちゃんへの強い想いは、零にも充分感じられた。
彼の記憶も。
それは、消えてしまったあのニセなゆた が、ホンモノの零に、ユゥちゃんが本当に好きだった彼にそれを伝えたいと願ったからなのかもしれない。
「ちっ・・・いらないモンばかり残していきやがって・・・」
その場には、ユゥちゃんも残されていた。
ニセなゆた がヌケガラにしてしまった、心のない体。
もう記憶を処理する必要もないな、と零は思った。
急に、レイの顔が見たくなる。
なぜそう思うのかは、彼自身にもよくわからない。
この場にユゥちゃんを置いていくのが少しためらわれるのは、ニセなゆた のせいだと見当がついたけれど。
だから零はユゥちゃんをおいて、レイの待つ部屋へ帰る。
自分の意思は、自分のもので、零にとってはユゥちゃんなどなんの価値もない。
帰ってきた零を、おかえりなさい、と迎えたレイには、今日何があったか詳しい事情が話されることはない。
何も話さなくても、彼女はだいたいいつでも笑顔で零をむかえてくれる。
その笑顔に、自分でも知らないうちに安心している零は、必要のないこと、自分に不都合なことを絶対彼女に話さない。
一緒に遊んだことのある女の子を、夜の公園に放置してきた、なんてレイが怒るに違いないような事を、彼が話すはずもなかった。
翌日、零が公園を訪れてみるとそこにユゥちゃんの姿はなく、かといって警察や救急車がきている様子もないところを見ると、彼女は無事に家に戻ったのかも知れなかった。
記憶を操作したニセなゆた がいなくなったことで、ユゥちゃんのことを思い出した両親が彼女を探して連れ戻したとも考えられた。
そうだとしても、一度食われてしまった彼女の心までは戻らないだろう。
ちくりと胸をさしたのは、ニセなゆた の想いだろうか。
まだ自分に同化しきっていないのか、と零はうっとうしさだけを感じた。
その後、公園で犠牲者がでることはなくなり、飽きっぽい子供たちの興味も他に移ってしまった。
“幽霊”のウワサはすぐに忘れ去られ、しばらくして公園には子供たちが戻ってきた。
けれどその中に、ユゥちゃんの姿はない。