続き 7
「きゃあっ」
ユゥちゃんの小さな悲鳴。
「大丈夫、大丈夫だよ、ユゥちゃん、もうずっと、ボクがそばにいるから。」
かくん、とヒザからくずれおちたユゥちゃんを抱きとめ、まるで感情など感じられない声で なゆた が言った。
ユゥちゃんは答えない。
かといって、死んでしまったというのでもない。
ただ、何も言わず、虚空に視線をなげかける彼女は、もうどこにも行ったりはしない。
行こうと思うことが、できないからだ。
彼女には意思が、心がなくなっていた。
「ユゥちゃん、ボクのユゥちゃん。ボクだけのユゥちゃん!」
欲しかったオモチャを手に入れた、キラキラした子供の顔で笑いながら、なゆた
はユゥちゃんのカラダを抱きしめる。
もうどこにも行かない彼女を。
ウソを言うこともない彼女を。
笑うことのない、彼女を。
「・・・そうだ、遊ぼう?またブランコ乗ろうよ!」
ユゥちゃんは何も答えない。
手をつないで、連れて行こうとすると、自ら動くことのできない彼女はひきずられる形になる。
ずざざあ・・・
「あれ・・・?そうか、歩けなくなっちゃったのか。じゃあ、だっこ。あはは、赤ちゃんみたいだよ?あははは・・・」
コドモにはありえない腕力で、ユゥちゃんのカラダを楽々と抱き上げ、はしゃぎながら なゆた はブランコのほうへ駆け出す。
ブランコに彼女をのせ、鎖を握らせると、一緒にのってゆらした。
グラ・・・どさっ
すぐに、彼女の体は地面に投げ出された。
「ユゥちゃん?!ダメだよつかまらないと、ほら、ね?」
もう一度、なゆた は彼女をブランコに座らせる。
「じゃあいくよ?」
どさっ。
同じことの繰り返しだった。
今の彼女は人形と同じで、自分で何かをするということができない。
当然ブランコから落ちないように、姿勢を維持することもできなかった。
そして、投げ出されたからといって、受身をとることもない。
「あ・・・ケガしちゃった・・・ごめんね、ごめんねユゥちゃん!」
人間でない なゆた には、こういうときどうしたらいいのかはわからない。
けれど、ケガが痛いのはなんとなくわかる。
倒れたまま起き上がろうともしないユゥちゃんが、うっすら顔をゆがめた。
痛いのだろう。
「ごめんね、ごめん・・・」
抱き起こし、そのままユゥちゃんを抱えて、なゆた は痛みをまぎらわそうとするように、そのカラダを前後に揺らす。
すりむいたヒザから、血が垂れて赤い線を描く。
「ごめんね、ユゥちゃん、もうブランコやめようね。次なにがしたい?」
聞かなくても、いつも次に何をするかきめてくれるのがユゥちゃんだった。
今は、何もいわない。
「ユゥちゃん、どうしたい?ねぇこっち見て?」
手で彼女の顔を、自分のほうにむける。
目は合っているのに、こっちを見てくれているとは思えない。
どこも見ていない瞳。
「ユゥちゃん?ボクだよ?なゆ。ねぇ、こっち見て?」
「・・・」
そろそろ、笑っているのも限界だった。
苛立ちに眉を寄せ、なゆた の語気が荒くなる。
「なんだよ!何でこっち見ないんだよ!笑えよ!つまんないよぅ!ユゥちゃん、ねえユゥちゃん!キライになるぞ!いいの?ユゥちゃん!!」
おどしても、なだめてもユゥちゃんは何も言わない。
怒っていた なゆた の表情は、もう泣く寸前だ。
何を訴えても、この場で彼が泣いたとしても、心を失くしたユゥちゃんには何も伝わらない。
彼女の心は、それを誰にも渡したくないと望んだ彼が、彼自身が喰らい、奪ってしまったのだから。
なゆた は、自分のした事、その意味を理解していなかった。
何も言わない、眉一つ動かすことのない彼女のヌケガラ。
「いいよ・・・それでも。もう、どこにも・・・・・・行かないんだよね?」
静かにつぶやいて、そっと なゆた はユゥちゃんをだきしめた。
ずっとそうするうちに暗くなり、夜になると公園には何度か大人がやってきて、ユゥちゃんを見つけて連れて行こうとした。
そのたびに、なゆた は人間の心を操るその力を使って、大人たちを追い払い、ユゥちゃんの事を忘れさせた。
ただ親切で探しにきただけの近所の住人と違い、両親の記憶をゆがめるのにはかなりの力が必要だったが、ユゥちゃんを渡すくらいなら、なゆた は自分が消えてしまってもいいと思っていた。
自分は、彼女のためだけに存在するのだから。
(続)