続き 4
「走るとあったかくなるって、学校の先生が言ってた、走ろ!」
「うん。」
言いながら走り出したユゥちゃんに手を引かれ、彼も走った。
きゃあきゃあと、すぐ前を走るユゥちゃんが笑っている。
彼女から流れ出してくる“楽しい”という感情と、自分に対する好意を、なゆた は植物が日光をあびるように、吸収する。
満足感と、幸福としかいいようのない感覚が彼を満たす。
とても、心地がいい。
「ねぇ、ユゥちゃん。」
「きゃはは、あははっ
なに?アハハハ!」
手をつないで走るだけでも楽しいのか、彼女は笑うのをやめないままふりむく。
「大好き」
子供にしては、落ち着いた笑顔をうかべながらおだやかに、なゆた は言った。
「ユゥちゃんもー、
なゆダイスキー!
きゃーぁははははは!!」
照れて、大声をあげながらも、
いっそう楽しそうに
彼女が笑った。
これが欲しかった。
ずっと、独り占めしたかったんだ。
なゆ、と呼ばれる彼は思う。
彼は、なゆた 本人ではない。
なゆた 本人、零かかつて失った力の一部、“影”だ。
彼が、彼としての意識をもつ前から、ユゥちゃんの声は聞こえていた。
なゆ、なゆ、もう一度、会いたいよ。
くり返し心の中で、つぶやき、訴え、叫ぶ声。
会いたいという切なさは、彼女からあふれ出し、彼はそれを食った。
そうして育ってきた彼は、いつしかハッキリとした意識を持って彼女を見つめるようになる。
呼ばれているのは、自分であるような気がして。
あのこはボクを呼んでる。
ボクを必要としてる。
ボクも、
あのこのそばにいたい。
けれど、日の光の下に出ようとすると、強い光が、淡い影でしかない彼を打ち消してしまおうとする。
逆に、夜は動きやすく、たまたま彼が動き回るところに出くわした人間がもらしていく恐怖感は彼の存在を濃く、強くするためのいい養分になった。
彼がみずから人間に近づくと、さらにたくさんの恐怖が生まれては、彼の中に流れ込み、そのうちに彼は人間のような体を保てるようになった。
入り込んでくるだけの恐怖を、今度はしだいに彼のほうから吸い込むようになった。
吸えるだけ吸ってしまうと、対象はまるでダシガラのようにスカスカになり、そこにはただ生きているだけの意志すらない物体が残された。
放っておいて、日が昇り明るくなると、誰かが来て、時には何人もの人間が大騒ぎをしながらそれを片付ける。
白いうるさい車が、赤い光をチカチカさせながら来ることもあった。
何度かそんなことをするうち、彼の体は日光に耐えるほど強くなった。
最初のうちは、けれどあまり動き回ることはできなかった。
彼は、夜の狩りを続けた。
他の子供たちのように、彼女に声をかけるために。
見知らぬ男児がしたように、彼女と手をつなぐために。
彼以外と、彼女が手をつなぐことがなくなるように、と。
そして今、ながめるだけだった笑顔は、彼だけのものだった。
とりあえず、彼女が外で遊んでいるあいだは。
彼女の笑顔、彼女の“楽しい”気持ちは、夜の狩りで得る恐怖の感情よりもずっと彼にとって質のよい養分になった。
彼女のくれるものは何もかも、一番で、特別だった。
だから、ずっと一緒にいたい。
なのに、夕方になると彼女は言うのだ。
「帰らなきゃ。」
「行かないでよ。」
「ごめんね、またあしたね。」
そんなやりとりの何度目かに、彼女は約束を破ることになる。
その日、ユゥちゃんは学校の友人と遊んでいた。
本当は公園にいきたかったが、友人たちがちっとも一緒に遊ばなくなったユゥちゃんを仲間はずれにする、と言い出したのである。
ただし、今日一緒に来るなら許す、と。
友達がいないのはイヤだし、最近の優しい なゆた なら、きっと次の日にあやまれば許してくれるだろう、と彼女は思っていた。
(続)