世界一贅沢な遺言
初めまして、あるいはいつもありがとうございます。
本作は「死にたがる最強の英雄たち」と、その遺産を狙う「普通の荷物持ち」が繰り広げる、少しシュールでご飯の美味しいファンタジーコメディです。
戦闘シーンの格好良さと、飯テロ展開、そしてキャラクターたちのちょっと歪んだ関係性を楽しんでいただければ幸いです。
まずは1話目、彼らの奇妙な『終活』の始まりをどうぞ!
世界中の誰もが、彼らを「生ける伝説」と称え、羨望の目を向ける。
かつて世界を救い、神から不老不死の加護を与えられた最強の英雄たち。数百年経った今も、彼らの肉体は10代から20代の全盛期のままだ。どんな重傷を負おうとも、数秒後には光とともに完治する。
けれど、彼らの後ろで巨大な革鞄を背負って歩く私、レイだけは知っている。
彼らが、世界で一番「死」を渇望している狂人たちだということを。
「――なあ、レイ。俺たちが死んだら、この『聖剣エクスカリバー』はお前のものだ」
夕暮れの街道を歩きながら、勇者ジークが爽やかな笑顔で言った。外見は18歳の少年だが、中身は400年を生き抜いたバケモノだ。
「またその話ですか、ジーク様。道中で勝手に死なれては、荷物持ちの私が困ります」
「ははは! 冷たいねえ。でもさ、もう飽きちゃったんだよ。両親も、昔の友達も、愛した女も、みんなとっくに寿命で死んで土の下だ。俺たちだけがいつまでも若いままで、この退屈な世界に置き去りにされている。贅沢病と言われりゃそれまでだが……俺にとって『死ぬこと』は、全財産をはたいてでも手に入れたい最高の贅沢なんだ」
普通の人間は、年をとり、病気を患い、いつか普通に死んでいく。私だってそうだ。あと数十年もすれば、老人になって死ぬだろう。
だからこそ、死ねない彼らの絶望は深かった。
彼らが世界中の古代遺跡を巡っている本当の目的は、魔王の残党狩りなどではない。神の加護を打ち消し、自分たちを「殺してくれる方法」を探すための旅なのだ。
「レイ、私のこの『賢者の杖』と、国家予算3年分の魔石が入った財布も、あなたが引き継いでね」
隣を歩く大魔導士の少女、ミレイが死んだ魚のような目で微笑む。
「ありがたく戴きますが、まずはご自分たちを殺せる呪いを見つけてからにしてください」
「もう、相変わらず現実主義者なんだから」
「おいレイ! だったら俺の『竜鱗の盾』も予約しとけよ!」
豪快に笑いながら私の肩を叩いたのは、大柄な重戦士のバルトだ。実年齢は450歳。神から「絶対無敵の金剛体」の加護を与えられており、ドラゴンのブレスを受けても傷一つ付かない。
「一回でいいからさぁ、骨の1本でも折られて『ててて……』って言ってみてぇもんだわ。なぁ?」
「バルト様、叩かれると普通の人間である私は骨が折れるのでやめてください」
私はただの普通の人間だ。戦闘能力もない。
ただ、彼らが「もし死ねたら、最強の装備も数百年で貯め込んだ莫大な財産も、全部お前にやる」と約束してくれたから、その遺産(荷物)を管理するために雇われた。
料理、裁縫、野営の設営、武器のメンテナンス――戦闘以外のあらゆる雑務を完璧にこなすのが、万能な荷物持ちである私の仕事だ。死にたがる最強の不死者と、生きて遺産を相続したい普通の人間。奇妙な関係だが、旅はそれなりにうまく回っていた。
その日の夜。立ち寄った宿場の酒場で、一人の情報屋がジークの席へ忍び寄った。
男は周囲を警戒しながら、懐から古びた羊皮紙の地図を取り出す。
「……見つけましたぜ、勇者様。遥か北の果て、凍てついた孤島にある『終焉の祭壇』。そこに、神の加護すら消滅させる【絶命の概念呪詛】が眠っているという確かな記録です」
その瞬間、酒場が凍りついた。
ジークの、ミレイの、バルトの瞳に、数百年ぶりに生々しい「歓喜」の光が宿る。
「……やっと、見つけたか」
ジークが震える手で地図を握りしめ、私を振り返った。その顔は、まるで宝物を見つけた子供のように輝いている。
「聞いたか、レイ! ついに俺たちの終着駅だ! おい、今夜は祝杯だ! お前の美味い飯を食わせてくれ!」
「ジーク様、ここは宿屋の酒場です。勝手な真似は――」
「おいおい、そこの荷物持ちの兄ちゃん!」
話に入ってきたのは、腕組みをした宿屋の頑固そうなオヤジだった。
「いくら英雄様の頼みでも、厨房に素人を入れるわけにゃいかねえ。うちの飯が不満だってのか?」
私はやれやれと息を吐き、革鞄から小さな小瓶を取り出した。独自に調合した乾燥香草とスパイスだ。
「店主さん。厨房の隅を少しと、余っている干し肉を分けてくれませんか? 今夜の宿泊費とは別に、この金貨を。それと……これを一口」
私はオヤジが運んできた味の薄いスープに、手際よくスパイスを振り、鞄から出した特製の果実酒を数滴垂らして差し出した。
怪訝そうにそれを口にしたオヤジが、目を見開いて固まる。
「な……なんだこれ、旨みが化け物みたいに引き立ってやがる……! おい、厨房は好きに使え! 頼むからその作り方を教えてくれ!」
数十分後。酒場のテーブルには、私が宿の厨房を借りて作った、見事な魔獣肉の香草煮込みと、外はカリカリ・中はフワフワの特製トーストが並んでいた。
数百年を生き、世界のあらゆる高級料理に飽き果てた彼らだったが、私の作る料理だけは別だった。
「……んぐっ。やっぱりレイの料理は世界一ね。死ぬ前にお前の料理が食べられなくなるのだけが、唯一の心残りだわ」
ミレイが、涙目になりながら肉を頬張る。
「なら、死ぬのをやめますか?」
「それはそれ、これはこれよ。もう生きてるのは飽き飽きだもの」
「ははは、違いない!」
ジークも豪快に笑いながら、エールを煽った。
「ん? そういえばニクスはどこ行った?」
ジークが不思議そうに辺りを見回す。ニクスは実年齢380歳の隠密職だ。「常時隠蔽」の加護のせいで、意識しないと存在自体が世界から消えかけてしまう。ジークたちですら見失うほど気配の薄い彼だが――
「ニクス様なら、さっきからジーク様の真横でパンを食べていますよ」
私がジークの隣の空席にそっと皿を置くと、虚空から染み出すように、15歳ほどの少年の姿をしたニクスが現れた。
「……別に泣いてない。……けど、相変わらずお前だけだな、レイ。俺がここにいるって、まともに分かってくれるのは」
「ニクス様はスープを飲むときに、かすかにスプーンと器が擦れる音がしますから。ほら、お代わりです」
「……ふん。数百年生きて、俺の微かな音に気づいたのはお前が二人目だ。……北の島で俺が死んだら、この『影喰らい(シャドウ・イーター)』はお前にやるよ」
私は冷めたスープを口に運びながら、足元に置いた黒い革鞄を見つめる。
ついに旅の終わりが見えてきた。彼らが無事に死ねば、私は世界一の富豪になれる。けれど、私の胸の中にあったのは、単純な喜びだけではなかった。
――死を渇望する最強の英雄たちの、最後の旅が始まる。
第1話をお読みいただきありがとうございました!死にたがっている最強の勇者ジークたちと、早く遺産が欲しいちゃっかり者の荷物持ちレイ。この凸凹パーティーの奇妙な旅がここから始まります。次回の第2話からは、本格的な『終活の旅』へと突入します。道中、不死身の英雄たちならではの規格外すぎる戦い方に、普通の人間であるレイはツッコミが追いつきません。もちろん、万能な荷物持ちとしてのレイの手腕(と美味しいご飯)も大活躍します!
それでは、第2話でお会いしましょう。




